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けど
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暫く黙ったままでいたしーくんは、表情を変えないまま、右腕に爪を立てた。
力いっぱいに、ぎゅうっと。
どうしたんだろうと眺めてると、ミヤチャンがしーくんに近付いて、右腕に触れた。
“時雨、その癖やめろって言ったろ?”
聞こえないってわかってるだろうに。
それからミヤチャンはオレを一瞥した。
わかった……伝えるね。
ちょっと怖いけど、しーくんなら、気味が悪いとか言わないって、信じてるから。
オレはミヤチャンの言葉をそのまま口にした。
しーくんが驚いてオレを見つめてくる。
冷や汗が流れたような気がして、取り繕うように「しーくん、右手、どうかしたの?」なんて、とぼけて見せた。
ダメだなぁ、オレ。
「今……」
「んー? どうしたの?」
やっぱ、気付いちゃうよね。
「君、なんなの?」
しーくんの目が、オレを咎めてるようで、笑顔が引き攣った気がした。
「僕が寝る前のアレも、君?」
「オレはねー、ただ」
代弁しただけだよ、と囁くように口にした。
しーくんが眉を寄せる。
「信じてくれる?」
しーくんは口を閉じて、俯いた。
髪が顔を隠して、どんな表情をしているのかは見えなかった。
ふいにしーくんが何かを呟いた。
けれど聞き取れなくて、聞き返す。
するとしーくんは泣きそうな表情で顔を上げた。
「信じたい…………けど……」
けど、の先がなんとなく聞きたくないような気がした。
「無理、だよ……
だって、そこに居るって認められない……僕には、視えないのに……!」
こんなにすぐ近くに居るのに……
死んでるなんて……幽霊だなんて思えないくらいにハッキリ、ここに居るのに。
「だったらどうして君に視えて、僕に視えないの……?
僕はこんなに……こんなに……!」
目に涙が浮かんだ。
「虹に会いたくて堪らないのに……狡いよ……
虹に言いたい事もいっぱいある……聞きたいこともある……ここに居るなら答えてよ……
なんで死んだの?!」
ミヤチャンは一瞬驚いたように目を見開いて、それから俯いた。
唇が震えて、ごめん、と動いた。
その時、しーくんの瞳が揺れて、涙が零れ落ちた。
「やっぱり……僕の、せいかなぁ……」
「違うよっ、しーくん……!」
「…………幽霊が視えるのは、信じる……けど……」
また、けど、って……
「……ここに虹が居るなんて、信じられない……」
しーくんは乱暴に目元を拭うと、立ち上がって鞄を掴んだ。
「……今日は、帰るよ……
今の僕なんかどうせ皆の迷惑になるだけだもんね……」
自嘲気味に笑ったしーくんに、待って、と呼びかけると、今度はこっちを睨むように見てきた。
「本当に居るならさ……僕が今まで君のことを一生懸命、“思い出”に変えようとした事、無駄だったってことだろ……」
「そんなこと……」
「皆に、今日は休むって、言っておいて……」
しーくんはそれだけ言うと、生徒会室から出て行ってしまった。
……どうにかして、説得すれば良かったのに……何も言葉が出てこなかった。
“やっぱり……無理、だよな”
「…………違う……違うと、思う」
しーくんの言った言葉を全部思い返してみる。
何か、引っかかることがあったんだ……
「……しーくんは、あんな口調で言わないよ」
“え……?”
唐突に口を開いたオレに、ミヤチャンが怪訝そうに顔を上げた。
「しーくん、“無駄だったってことだろ”って言ったよね?」
それが、何だか引っかかったんだ。
「しーくんは、オレに向かって言うならさ、たぶん、“無駄だったってことだよね”とかって言い方すると思うんだ。
ミヤチャンの前では、しーくん、口悪かったりしなかった?」
“…………”
そういえば、なんて顔をするミヤチャンに、微笑を漏らした。
しーくんがどう思ってああやって言ったのかはわかんないけど、そう思ったら少しだけ嬉しくなった。
しーくんに“信じられない”って言われて、やっぱり悲しい気持ちもあるけど……
「でも、ちゃんと寮で休んでくれるといいなー。
やっぱ、しーくんはいつもの調子じゃないとー」
オレは新しくクッキーの袋を取り出して、パソコンの前に座った。
“……お前ってさ、優しい奴だよな……”
「えー? 何か言ったー?」
“何も”
ミヤチャンは首を振ると、そのまま何処かへ出かけて行った。
ほんと……なんでオレにだけ視えるんだろ。
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