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遠慮
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途中でゼリーとスポーツドリンクを買って、時雨くんの部屋の前につくと、秀太郎がインターホンを押した。
暫く待っても反応がない。
僕が、どうしたんだろうね、と口を開く前に秀太郎がインターホンを連打しちゃった。
しつこいくらいの呼び出し音に、漸く扉が開いた。
ほんの少し。
時雨くんの顔が見える程度に。
「うっさい……
あ、日月くん」
不機嫌を隠さずに呟いた時雨くんは、僕を見つけると表情を明るくさせてくれた。
いつもの時雨くんの笑顔……なハズなんだけど、なんとなく違うような……
「オレも居るんだけど?!」
「うっさいんだって。
居留守使ってることくらいわかるでしょ?」
「わかってるから連打したんだろ?」
まったく、なんて呟く時雨くんと、それに呆れたような秀太郎のやり取りが、僕は好き。
でも、今は、ちょっとだけお互い、無理にそう言い合ったように聞こえた。
「ゼリーとかスポーツドリンクとか買って来たから、とりあえず上がらせてくんねぇか?」
秀太郎が袋を持ち上げてそう言うと、時雨くんの表情が曇った。
……やっぱり、ちょっと無理してたんだ……
「…………ありがと……でも、ごめん。
今ちょっと散らかってるから」
苦笑した時雨くんに、秀太郎は袋を押し付けて、勢いよく扉を開いた。
僕もだけど、時雨くん、すごく驚いてる。
「病人が部屋が散らかってるとか気にすんなよ。
それと、“人の親切はありがたく受け取っとくもんだぜ”」
「…………やっぱ、秀太郎だったんだ」
覚えのある言葉に、時雨くんが口元を歪めた。
「日月があんな言葉遣いな訳ないだろ?
っつーか話逸らすなよ。
時雨は遠慮し過ぎだ、もっと友達のこと頼れよ。
友達って、そういうもんだろ?」
秀太郎の爽やかな笑顔に時雨くんは目を見開いて、それから顔を背けた。
「“友達”なんか居たことなかった……」
そんな呟きは、秀太郎には届いていなかったみたいだ。
「何か言ったか?」なんて怪訝そうな顔をしてる。
時雨くんの少しの本音を聞き取ってしまった僕は、なんだか急に胸のところがもやもやし始めた。
「別に。 お節介だなぁって」
いい意味で、と付け加えた時雨くんに、秀太郎が少しほっとしたように笑った。
「あのさ……本当に散らかってるから気をつけてね?
絶対踏まないで。 絶対だよ」
念を押す時雨くんに、何があったんだろうって不安になりつつも、部屋にお邪魔する。
靴を揃えてると、先にリビングに行った秀太郎が声を上げた。
「こういう意味だとは思わなかった……」
そんな秀太郎の呟きを聞きながら、恐る恐るリビングに入る。
リビングの状態を見て、僕も思わず声を漏らした。
「ごめん、足の踏み場もないね。
床にあるのはとりあえず片付けるから」
申し訳なさそうに笑って、床に散らばった“本”を手に取った。
てっきり、散らかってる、ってゴミとか服とかが散乱してるって事だと思ってた僕らは本当に驚いた。
床、テーブル、ソファ、あちこちに“本”が散らばっていたんだ。
「前来た時はこんなことなかったよな」
「そりゃ、いつもこんな状態な訳ないよ」
「じゃあなんでこんなになってんだ?」
秀太郎は足元の本を手に取って、難しい顔をした。
「落ち着くから……」
時雨くんは何冊かの本を抱きしめるようにして、ぽつりと呟いた。
「昔から、本ばっかり読んでて……
こうやって本に囲まれてると、なんか安心できる」
僕には到底読めないような、分厚い本ばかりだ。
ふと僕も手に取って、本を開いてみる。
「これ……ドイツ語……?」
「うん、そうだね」
「ドイツ語、読めるの?」
「ううん、少ししか。
だから、辞書引きながら読んだりするんだ」
なんだか楽しそうに話す時雨くんに、本当に本が好きなんだな、って感じる。
けど、本に囲まれると落ち着く、って事と、いつもはこんな状態じゃないってことに、何かあったんだって察した。
でも、なんとなく踏み込めない……
「そうだ、ソファも片さないと……」
「あ、僕、手伝うよ!」
「ありがとう。
やっぱ天使だなぁ」
そういえばちょくちょく“天使”って聞くけど、何のことだろう?
「あーっ!!
ちょっと踏まないでって言ったのにっ!」
「ごめんっ、わざとじゃ」
「わざとじゃなかったら何でもやっていい、なんてことある訳ないでしょ、馬鹿なの?
散らかしてる僕も悪いけど、あれだけ踏まないでって言ったじゃん」
「ご、ごめん」
珍しく本気で怒ってる時雨くんに圧倒される。
「邪魔するならキッチン行って?」
「や、オレも」
「っていうか邪魔だからキッチン行って」
有無を言わさない時雨くんの態度に、秀太郎は肩を落としてキッチンに移動した。
そんなふたりのやり取りが、やっぱり好き。
寂しそうにコッチをじっと見てる秀太郎を気にしながらも、時雨くんと本を片付けた。
すっかり綺麗になった部屋を見渡すと、やっぱり時雨くんは綺麗好きなんだって思う。
……と言っても、本は全部寝室に適当に置いただけなんだけれど……
でも、本以外に散らかってるものはなかった。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに」
「ううん、でも朝より元気そうでよかったよ!」
「あー、もう天使……
ちょっと失礼」
何か呟いたかと思うと、時雨くんは僕をギュッと抱きしめた。
ビックリして慌ててると、上からくすくす笑う声が聞こえてきた。
「し、時雨くん……?」
「重い?」
「ううん、大丈夫、だけど……」
なんか照れちゃうんだもん……
「ちょ、時雨、お前!
イエローカードだ!」
「何がイエローカードだよ。
秀太郎の強引さはレッドカードだし。
はい退場~」
抱き締められてて見えないけど、「しっしっ」って言ってるから、手で払う仕草をしてるんだと思う。
「あ、ごめんね?」
ふいに時雨くんが僕から離れて優しく微笑んだ。
「どうぞ、座って?
僕お茶淹れてくるね」
「えっ、それなら僕が」
「ダメだよ、日月くんには片付け手伝ってもらったんだもん、これ以上させられないよ」
「じゃあオレが淹れてやるよ」
「あ、結構です」
「なんでだよ!」
即答した時雨くんに、秀太郎がつっこむ。
そんなやり取りに思わず笑い声が漏れちゃった。
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