アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
本命
-
「君が上手く話せなくなる相手って……?」
「…………黙れ」
「……っ……!」
ミシッ、と音がなったような気がする。
それくらいに腕に力を入れられて、痛かった。
「お前なんかが……」
殺意が込められたような目で睨みつけられて、恐怖が背中を駆け上がった。
逃げ出したい……
押さえつける腕を懸命に退かそうとするけど、力は強くなる一方だ。
「どうしてお前なんだよ……オレはダメで……」
橘は僕を睨みつけながら、ブツブツと意味のわからないことを呟いてる。
僕が……なに……?
「……あぁ、ねぇ……お前、一ノ瀬と付き合ってるって?」
「…………そ、うだけど……なに」
「アイツは?」
「……アイツ……?」
「…………桜井、遊斗は?」
桜井くん……?
なんで?
僕が不審げに橘を見ていると、橘は腕の力を抜いた。
「アイツ……アイツが言ってた、本命って何?
お前のことじゃないの……?」
「は……何言って……」
「……わからないんだよね…………
お前か、春か……」
僕は“そういう気持ち”に鈍感じゃない。
橘が桜井くんのことを気にする理由に、確信はないけれど、気づいた。
橘は、桜井くんが好きだ。
だけど、かなり歪んで……
“お前なんかが”とか、“どうしてお前なんだよ”とかいう言葉は、桜井くんの本命が僕だと思ってるから……
だけど、ちゃんとした確信はない。
僕か……もしくは、春くんか……
僕は会長と付き合っていて、桜井くんは春くんと付き合ってる。
でも、ここで春くんが桜井くんの恋人だ、なんて言ったら……
さっき肩を掴まれた時の、あの力の強さを思い出した。
「君は、桜井くんをどうしたいの……?」
「……どうしたい?
………………復讐だよ……」
「復讐? どうして?」
「煩いな、お前には関係ないよ」
「でも、知らないでいて巻き込まれるのなんて、嫌だし……」
巻き込まれる、という言葉に、橘が反応を示した。
「それは、アイツの本命がお前だから?
だから関係してくるの?
……それならちょうどいいや」
ぶっ壊してやる……
橘が僕の胸ぐらを掴んで、そう呟いた。
狂気を含んだ声色に冷や汗をかくけれど、でも、そう言われることは予測していたうちのひとつだった。
復讐って言いつつ、桜井くんが自分のモノにならないことの逆恨みなんだと思う。
桜井くんが好きなら、桜井くんの好きな人……大切な人を、除去する。
ここで話していてわかった橘の性格を考えたら、そう結論づけるということは読み取れた。
でも、これからどうしよう……
今更、春くんが桜井くんの本命だなんて言っても、友達を売ったようにしか聞こえないかな……
信じても……今度は春くんが危ない目に合うかもしれない。
でも、嘘は吐きたくない……
会長に申し訳ない気もするし、桜井くんにそういう目で見られてるとか……え、気持ち悪←
胸ぐらを掴む手に力が入って、首が締まる。
少し苦しくて眉を寄せた。
「アイツは……桜井遊斗は……オレの……オレだけの……」
「僕は……桜井くんの好きな人じゃ……」
「黙れ」
地を這うような……そんな声色に、思わず肩が跳ねた。
「いいんだよ……お前が桜井遊斗からしてどんな立ち位置に居るのかなんて、どうだっていい……
アイツに近しい奴ら、全員潰せば問題ないからね」
「っ……!?」
いきなり頬に痛みが走って、体が机に打ち付けられた。
……この学校に来てから、殴られるの多くなったなぁ……
なんて呑気に考えていたら、僕の目の前に橘が立って見下ろしてきた。
「……こんなことして、タダで済むと思ってるの?
全部風紀に……い゙っ!!」
髪を掴まれて痛みに呻くと、橘が冷めた目で僕を睨んだ。
「……こんなこと、しても……桜井くんは手に入らないよ……」
「煩い……」
「今やってることは、全部君の我が儘だ」
「黙れよ!!」
床に投げ捨てるようにされて、髪が数本抜けた、気がする。
橘は「黙れ!黙れ!」と床に転がる僕の腹を何度も蹴りつけてきた。
「お前に何がわかるんだよ!!」
「けほっ……ぅあ……」
「“手に入ってる”お前が!!
遊ばれて捨てられたオレの気持ちなんかわかる訳ない!!」
「遊……ばれ、て……?」
「好きだって気持ちを弄ばれることをお前は知りもしないくせに!!」
遊ばれた?
気持ちを弄ばれた?
橘が、安曇野みたいに妄想癖や虚言癖があって、そんな被害妄想紛いのことを言ってるのかもしれないけど……
歪んだその表情が、どうしても本当のことを言ってるようにしか思えなくて。
「おい、時雨!」
当惑してる僕をよそに、いきなり勢いよく扉が開いて、翔くんが姿を現した。
翔くんはこの現状を把握するなり、橘の胸ぐらを掴んで、そのまま床に押し付けた。
「翔くん……」
「お前にしては戻るのが遅かったし、電話がきてたから、何かあったのかと思って……
気付かなくて、悪かったな」
「ううん……大丈夫、だけど……」
本当は体中痛いけど、慌てたように来てくれた翔くんに、心配させるようなこと言えなかった。
「…………アイツには、連絡しておいたからな」
「アイツ?」
「……一ノ瀬だ」
「会長に……」
「もうすぐ来るだろうぜ」
渋々、って感じだ。
そんな翔くんに押さえつけられてる橘は暴れる訳でもなく、さっきまで声を荒らげて僕を蹴りつけていた人と同一人物だとは思えないほど大人しい。
それから間もなく、扉が開いて、息を切らした会長が入ってきた。
「篠宮……!」
「会長……」
「大丈夫、じゃないな……
何があったんだ」
殴られた頬に、触れるか触れないかのところで、会長が手を止めた。
眉を寄せて、本当に心配してくれてるのがわかって、胸のあたりがじんわりと温かくなる。
「……僕が来た時、橘がここに居て、書類漁ってたんだ。
それで……」
「コイツがここに?
おい、橘、テメェどうやって入った。
カードキーはソイツが回収したんだろ?」
翔くんが顎で会長を示す。
それに、会長が眉を寄せた。
「オレはもらってないぞ」
「あぁ?
ンな訳……テメェに渡したって言ってたぞ」
「オレは、お前に奪われたと聞いていた」
「それじゃあ……結局、どっちも回収してなかったってことだよね?
橘の嘘に騙されて」
僕の言葉に、ふたりは眉を寄せて俯いた。
そっか……だから橘はまだカードキーを持ってて、ここに入れたんだ。
…………何やってんのかな、このふたり……
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
182 / 198