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その夜、悟は注射器を片手に考えていた。
もうそろそろ発情期がやってくる時期である。予定通りであれば、五日もしないうちに発情するだろう。ピルの服用も疎らになっているため、これを打っておかないと確実に発情期から免れないはず。
しかし、悟は躊躇っていた。晴臣が頭に思い浮かぶのだ。項に触れる仕草を思い出すと、そこが熱くなる。口には出さないけど、求められるそれに悟の心は苦しかった。
晴臣ならば。晴臣が望むのならば、晴臣と番になって──。
そう思った瞬間、カタカタと手が震え始める。恐怖だった。晴臣と番になることで、自分がΩだという事実を突きつけられることが。
Ω性だと診断された時、初めての発情期。いまだ鮮明に思い出せる。無様な姿に、それを見下す瞳。そして、すべてがなくなる瞬間。
──助けて。
その声に差し伸べてくれる手はなくて。
番になるならば、あの醜い姿を晴臣に見せることになる。それを見て、晴臣が幻滅なんかしたら。
注射器が机の上を転がる。悟は頭を机につけて、部屋の窓を見つめた。
空気の入れ替えで開けていた窓からは、涼しい風が入ってきている。今日は晴天日和だったため、雲ひとつない空は星が瞬いていた。そして、その夜空に一際目立つ月は丸々としていて綺麗な満月だ。
「今日は月が綺麗ですよ、晴臣様」
ふふ、と微笑んで、そっと呟く。
明日はこの話をしようか。そうすれば、晴臣はどこか遠くを見ずに、ただ景色を楽しんでくれるだろうか。
悟は目を閉じて、ゆっくり呼吸をする。瞼の裏に映るのは、たくさんの晴臣の笑顔。たくさん触れて触れられて、その時の晴臣は幸せそうに感じた。
瞼を開けた悟は再び注射器を手にとり、机の引き出しを開く。これが正しい選択なのかはわからない。しかし、それ以上に晴臣の存在は大きく大切だ。それを思えば、迷う必要はない。
悟の手は注射器を机の中に置いて、引き出しを閉じる。
翌日、晴臣に昨晩の夜空の話をすると、実は晴臣も見ていたようで満月が綺麗だったよね、と笑っていた。それだけで嬉しくて、悟の決心も固まっていく。
それから三日後、ついに悟の発情期が訪れることになる。
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