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涙で潤ってはいるものの、まっすぐ見つめる眼差しはしっかりとしている。だが、その奥には深い悲しみの色があり、触れてしまえばすぐに壊れてしまいそうだった。
咲良は、晴臣の顔を思い浮かべた。
──悟と喧嘩か? 晴臣相手ならなんでも受け入れてくれるんじゃないのか。
──俺は悟にこれ以上の負担を与えたくないんだよ!
いつも穏やかでいるのに、珍しく感情的になっていた晴臣。幸せそうな表情をして悟のことを話す晴臣が、今の悟と同じような雰囲気を見せていた。
咲良は、晴臣と悟が番になったことで何が起こったのか、詳しいことは知らない。だが、相手を一番に考える二人は、相手を想うあまりにどこかすれ違っている。今までの二人を見守ってきたからこそ、咲良にもそれなりの胸の痛みがあった。
「悟……そうやって晴臣が喜ぶと思ったら大間違いだ」
「だって、この件では喜ばせようと思っていませんから。やっぱり駄目だったんです。Ωを受け入れてない俺が晴臣様と番になろうとする考えが……迂闊だったんです」
「だが、晴臣は望んでいないだろう……」
咲良は視線を悟から逸らしながら、ミントタブレットの蓋を開ける。
すると、悟が勢い良く咲良へのしかかった。膝を抱えて腰を下ろしていた咲良は、バランスを崩して地面に尻もちをつく。持っていたミントタブレットも衝撃で地面に落ちて、中身が散らばっていた。
悟は咲良のエプロンを掴んで、乞い願う。
「お願いします、逢見さん! 俺は裏切り者です……俺はΩでいることが怖い! 傷つけることしか出来ないこの性が凄く憎く思う!」
──どうしてかな。俺はあの子を傷つけることしか出来ないんだよ。
──ねえ、咲良ちゃん。本当の幸せってなんだろうね。
「俺は弱くて逃げてるのでしょうね……でも、お互いに苦しむのなら今まで通りΩを隠してしまえばいい。晴臣様とは綺麗な恋愛のままでいい」
小さくなっていく声は、最後、静かに消えていった。
咲良のエプロンに顔を埋めた悟は、身体を震わせる。晴臣には幸せであって欲しい。αとΩの関係を忘れるくらいに、いっぱい笑っていて欲しい。限りある時間、最期までずっと。
一つ、咲良の口から溜め息が零れた後、悟の背にぽん、と手が置かれた。
「……わかった。それが決めたことなら俺は何も言わない」
悟は顔を上げると、その瞳は再び涙が溢れそうになっていて、咲良がそれを袖で拭ってくれる。
「逢見さん……ありがとうございます。それと、このことは晴臣様には話さないでください」
「晴臣はにおいでわかると思うが」
「そこは逢見さんの技術の見せどころですね……本当にありがとうございます」
そして、悟は涙で濡れた睫毛をしばたたかせながら、咲良へ向かってそっと微笑んだ。
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