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多分、ゆっくり歩いたというのは嘘なんだろうな、と悟は思った。
静かにしていれば、足音を聞くことは簡単に出来る。そして、その足音はとてもゆっくりと言えるものではなかったから。
しかし、悟はそこまでは追求せずに気持ちを切り替えた。花束に挿す花を両手で持ち、口を開いて言葉を紡いでいく。
「改めまして……晴臣様、本日はおめでとうございます」
「ありがとう。悟も今日までよく頑張ってくれたね」
そう言って晴臣は頭の冠をとって、悟の頭へとかけた。こういうのは俺より悟のほうが断然似合うよね、なんて無邪気に笑う。
「楽しんでいただけましたか……?」
「もちろんだよ。楽しかったし、懐かしい人にも会えて凄く嬉しかった。最高の誕生日プレゼントだね」
「そのお言葉が聞けて安心いたしました」
準備をした屋敷の者たちも、心から喜ぶことだろう。
パーティーはまだ続いている。晴臣にはまだまだ楽しんで欲しい。その姿をそっと見ていたい。
「それで、こうして悟と二人きりになれたし……って、パーティー始まる前に俺が誘った意味あったのかな? こうなるの知ってたでしょ?」
「実は……知っておりました」
「やられた」
「やっちゃいました」
すると、晴臣が吹き出して。悟もそれに釣られて笑う。それも、声を大きく出して、まるで子供のように。
ふと、晴臣の手のひらが悟の頬に触れた。軽く擦られて、それがくすぐったく感じ、悟はふにゃっと微笑む。その姿を見る晴臣の表情はどこか儚い。
「……うん。なんか、悟が笑ってるの見れて嬉しい。俺にはもうその資格がないのかなって思ってたから」
「そんなことはありません……晴臣様は私のすべてです。だから、そんな悲しいことを言わないでください」
「すべてか……やっぱり悟は健気な子だね」
悟は両手で持つ花をきゅっと握った。
「私は晴臣様の笑顔を望んでいます。そして、その笑顔の先にあるものを一緒に見てみたい。感じてみたい。だから……」
これからもずっと貴方の隣に立たせてくださいね──。
そう言いながら、持っている花を花束へ加えようとしていたその時。
「あ……」
ばさり、と花束が落ちた。床に散らばったたくさんの花。そこにぽたり、ぽたりと赤い液体が汚していって。
何かを失ったように、悟の血の気が引いていった。咳き込む音がやけに耳に響き渡る。恐る恐る花束から視線を上げていくと、口を覆う晴臣の手から受け止めきれなかった血液が滴り落ちていて着物まで真っ赤に染め上げていた。
「……っ、さとる……」
晴臣はきつく眉を寄せながらも悟へと微笑み、そのまま悟のほうへ倒れた。
大丈夫だよ、心配しないで。そう伝えているようだった。
「はる、おみ……様……っ、晴臣様!」
手に持っていた花が、悟の手を通り抜けて落ちていった。
あの日が蘇ってくる。晴臣の病を知ったあの日。怖くて、胸が張り裂けそうで。やはりその先に待っていたのは絶望だった。
悟の胸元は、それを表すように晴臣の血でじわじわと赤く染まっていった。
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