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『で、東雲雅を縛りたいんだって?』
翌日もバイトを蹴って名古屋に留まり、蓬莱さんと会った。蓬莱さんの家の近くらしい昔ながらの喫茶店。初老の夫婦が営むのんびりとした空間で、物騒な会話をしているようで気になったが、蓬莱さんが気にも止めていないようだったので俺も続けた。
『はい』
『緊縛師になりたい、とかじゃないんだねぇ』
『あ......えっと......』
『なんで俺のところ来たの。他にも緊縛師はいるのに』
『あ、えと、たまたま見つけて......』
『きみね、せめてそこは、俺の緊縛術がすごくて、とか言いなさいよ』
『あ、すんませ......っ』
『ほんとに、雅君のことしか考えてないんだねぇ』
俺はものすごく失礼なヤツだと今更ながらに気づいたが、蓬莱さんはますますおかしそうにケタケタと笑った。
『なんで雅君にこだわるの?』
『それは......』
『惚れてるの?』
『はい』
『いい返事だ』
蓬莱さんはカップに指をかけ、優雅にコーヒーをすすった。たしかもうすぐ還暦だと、サイトのプロフィールには書いてあったが全然ジジイ臭くは見えなかった。黒のタートルネックのセーターに茶色のスラックス。取り立てて特別な格好をしているわけではないのに、スリムな体型とロマンスグレーの髪色が渋くて、インテリ風の顔も相まってオヤジ雑誌のモデルのようだった。セピア色の喫茶店とコーヒーが似合うこの男が、よもや女を縛り上げる緊縛師だなんて誰が想像できるだろうか。
『どうせなら俺じゃなくて、東雲君のとこ行けばよかったんじゃないの?雅君を下さいって。あ、東雲君って、緊縛師であり雅君のお父さんなんだけどね』
『知ってます、それは。東雲さんの個展で雅のこと知ったんで』
『ああ、あれ。あれはすごかったよね。俺もあれ見て惚れ込んで、こないだようやっと一緒に仕事したよ』
『名古屋のSMバーの......?』
『そう、それそれ。それにしたって、あんな美人の息子出してくるなんて、東雲くん卑怯だよねー。あれで知名度ぐんぐん上げちゃってるんだから、ズルいったらないよ』
『は、はぁ......』
蓬莱さんは見かけによらずお喋り好きで、話し出したら止まらなかった。あっちこっちに脱線してるうちに一時間以上経過していて、コーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
『雅君のどこに惚れたの?』
そう聞かれて、俺はあの出会いから今までずっと考えてきた思いを全て話した。あんなに喋っていた蓬莱さんが今度は相槌を打つばかりで、俺はとにかく話続けた。
『運命、ねぇ』
蓬莱さんは、丁寧に切り揃えられた顎髭をなぞりながら、にやりと笑った。馬鹿馬鹿しいと言われるだろうかと身構えたが、蓬莱さんは突然ナポリタンを二人前注文した。
『ここのナポリタン絶品なんだよ。なんかお腹すいちゃって』
時計を見れば、午後6時が近づいていた。
『あぁ、これくらい奢るから安心して』
ただでさえバイトを二日も休んで、新幹線に宿代と出費が嵩んでいた俺は無意識にメニュー表のナポリタンの値段を確認していたようだ。
『君が雅君に出会ったのが運命なら、俺のところにきたのも一種の運命でしょ。ま、仲良くいこうよ』
そう言って、蓬莱さんはテーブル越しに右手を差し出してきた。俺はその手を取って、深く深く、頭を下げた。
『ありがとうございます......!』
『うん。でも、緊縛ってのは人の命に関わることだからね。もし君が安易な気持ちで取り組んでたり、センスがないようだったら即切り捨てるから』
『はい』
『あと、俺、かなりスパルタだからね』
『......頑張ります』
『うんうん。じゃあ、今夜から家に住み込みで、俺の付き人してね。あ、ギャラはでないから』
突然のことに内心慌てたが、俺はもう腹をくくっていた。
そして、東京でのバイトを辞め、家を引き払い、一年間みっちり蓬莱さんに従事した。
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