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次に目が覚めると、隣に彰吾が眠っていた。
彰吾を見送ったのが夕方で、今が......朝の6時前。12時間以上眠っていたことになる。寝過ぎでぼんやりする頭を抱えながら、死んだように眠る彰吾の頭を撫でた。まだ帰ってきて間もないのだろう、起きる気配は全くない。
本格的な冬が近づいている。外はまだ薄暗くて、部屋の空気もひんやりしている。今日の打合せは午前中からだが、いくらなんでもまだ早すぎる。俺は寒さにぶるりと体を震わせ、彰吾の広い背中にくっついてみた。
「あったか......」
寒くなってもTシャツ一枚で眠る彰吾の体はぽかぽかで、うなじに唇を当てる。じんわりと温もりが伝わってきて、自分でも気づかないうちに口元が笑んでいた。
「しょーご」
耳元で囁いてみても、全然気づかない。彰吾は俺と違って眠りが深い。一度眠れば、ちょっとやそっとでは起きなかった。
彰吾の温もりは気持ちがいいけれど、さすがにもう眠れそうになくて俺は起き上がった。寒さに体を縮こませ、適当に脱ぎ捨てられていた彰吾のカーディガンを羽織った。だぼだぼの袖を少し捲り上げて、ポットにお湯を沸かせる。狭いワンルームのキッチンスペースで物音を立てても起きる気配がないので、俺は手早くサンドイッチを作っておいた。彰吾が好きな、ハムとチーズとトマトのサンドイッチ。こんなもの、幼稚園児が作っても同じものが出来上がると思うのだが、彰吾が喜んで食べるから、時々作ってやっている。
それでもまだ時間に余裕があったので風呂に入って体を温め、ようやく出掛ける支度を始めた。今日の打合せはアイリス本社ビルで行われる。本来CM制作となれば企業とタレントの間に広告代理店が存在するはずであるが、今回は異例の企業側の猛プッシュがあったようで、とにかく俺を起用したいというアイリス側の意見があって、アイリス社内での打合せとなった。
きっとスーツ姿の人で溢れかえっているだろう空間に、スーツなんて持っていない俺はどうしようかと頭を悩ませた。とは言っても手持ちも少ないので、無難にオフホワイトのハイネックセーターに黒いチノパンを身につけた。
ちら、と彰吾を見れば、寝返りを打っていたもののまだまだ起きる気配はない。ぽかんと開かれた唇に触れるだけのキスをしたとき、耳に光るものを見つけた。
「ピアスなんかしてたっけ......」
いつもは意識してなくて気づかなかったけど、両耳ともにピアス穴がいくつか開いているから、けっこう頻繁につけていたのかもしれない。今は、両耳にシルバーに縁取られた小さな黒い石のピアスをしていて、シンプルで男らしいのが彰吾に似合っていた。何となくそれを右側だけ外して、自分の耳に付けてみる。しばらくしていなかったが、俺のピアス穴も塞がってなかったようで、久しぶりに右耳に僅かな重みを感じた。洗面所に行って、鏡で見てみる。右側だけ髪を掻き上げて、ピアスが見えるようにする。華奢な自分が付けると少し違和感があるようにも見えたが、悪くはない。
「......我ながら、なにしてんだろ」
蓬莱さんの指輪はつけられないのに、彰吾のピアスをつけている。自分の気持ちがよくわからない。鏡の中には、無表情な自分が映っている。ブスではないけど、冷たい顔。商売道具だけど、商売道具でしかない。こんなのの、どこがいいのだろう。
考えてみても何も答えは出てこなくて、俺は考えることを放棄すると、鞄を持って家を後にした。
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