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第三章 帰郷(35)
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「全然、考えてないわけじゃない」
俺がやっとそれだけ言うと、篤哉は笑って、さらに畳みかけるように
「いいよ。無理すんなよ。親父だって、パチンコ屋に兄貴は惜しいと思ってんだからさ。素直に東大出て、いいとこ就職したり、もっとまともな会社興したり、親父の自慢の長男でいてやれよ」
「なんだよ、それ」
かっとなった俺は、もっと何か言おうとしたが、その前に、篤哉はさっさと席を立って、階段を上がってしまった。
俺が篤哉への怒りやとっさに上手く言い返せなかった情けなさで黙っていると、母が
「おかわりいる?」
とこちらに急須を持ってきて、西野と俺の湯呑にお茶を注いでくれた。そして、いつから聞いていたのか、
「あんたら、家のことはええから、やりたいようにしたらええんよ。あんたも篤哉も生真面目じゃけんねえ。少し智を見習いなさい」
などといたわるように俺に言った。それが、かえって、俺の心を苦しくした。
「俺、全然、考えてないわけじゃない」
ともう一度繰り返すと、「もういいから」と母は笑って、
「お父さんが、寮に帰るのに、お土産用意してくれとるけん、玄関にあるから、持って帰りなさい」
と言った。
家を出るときに初めて確認したそれは、地元の老舗菓子メーカーが、特産の果実をまるごと蜜煮し、求肥と餡で繊細に包んだ高級菓子の詰め合わせで、見栄っ張りの親父らしい選択だった。
当然ながら、菓子自体は限りなく小さく、それに反比例して包装は過剰、しかも、他に手荷物もある俺にはかなり足手まといになる量だったので、俺はいっそ宅配便で後から送ってもらおうかとも考えたが、西野は「お父さんのせっかくのお心遣いなんだから、持っていこう」と、自分から半分持ってくれた。
そうして、俺は、西野を手に入れた甘い記憶だけではなく、少し苦い家庭のしがらみもともに持して、故郷を後にしたのだった。
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