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第六章 海音寺(8)
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それまでのやり取りで深い傷を負っていた俺は、すでにそのことに関心を持つ余裕などなかったが、
「何、その企画って?」
と仕方なく尋ねた。
「映画だよ。ほら、ここ、第二の会議室で企画されてる、映画上映」
海音寺に促されて、俺は、海音寺の用意した第二ドミトリーのイベント予定表を覗き込んだ。確かに昼過ぎから、映画上映の予定が入っている。代表者は、同級生の、菅原と太田。
「何の、映画?」
海音寺は、そこでにっと笑い、
「何の?記録映画っていうのかな。とても、私的な作品だよ。知ってる?『消えたカイト』って」
俺は、そのタイトルを耳にした途端、すっと、頭から血の気が引いていく気がした。
海音寺は続ける。
「ある映画監督と、女優の奥さんの話。
最初、監督と奥さんの幸せな日常が映し出される。この場面は、もともと公開する予定で撮ってたのかな?ただの、個人的な記録だったのかも。
でも、そのあと、奥さんが他の男に惹かれるようになって、自分のもとを去っていくところまでは、明確に、映画として公開する意思を持って撮られてると思う。ところどころ、監督自身の心象風景がアニメーションで挿入されるんだ。俺も見せてもらったけど、すごく面白かった」
笑顔でそんなふうに映画の内容を説明する海音寺に、
「そんな内容の映画、寮祭にふさわしいと思えない」
俺は、やっとそれだけ言った。しかし、海音寺はわざとらしく目を見開いて見せ、
「どうして。まどかは知らないかもしれないけど、映画に詳しい人の間では有名で、国際的にも評価されてるらしいよ。どこかの国のなんとかって映画祭で、グランプリこそ逃したけど、その次の賞取ったんだって、太田が言ってた。評価のわりに、知られてないのが惜しい、みんなに見てもらいたいって」
その世界で評価されているのは知っている。でも。
俺が、どうしたら海音寺に上映をやめるよう、うまく説得できるか、混乱した頭の中、必死で思い巡らしていると、海音寺は、そんな俺を眇めるようにして見ながら、
「どうしてあいつら、気づかないんだろうね。あの女優に、こんなに似てるのに」
と心底楽しそうに言った。
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