アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第六章 海音寺(12)
-
父は、たぶん才能のある映画監督だったが、母と出会ってからは、本当に母しか撮らなかった。妻として、よりもずっと、女優としての母に惚れこんでいたのだ。
そうして、母主演の新しい映画の撮影のために訪れたある地方都市で、映画の撮影のための資金やロケ地を提供してくれた地元の有力者と母が懇意になったときも、父は決して母を撮ることをやめなかった。
その有力者との関係が原因で、ふたりの結婚生活が終わったあとも、父が事故で亡くなるまで、父と母の映画監督と主演女優という関係は継続した。父は、母が新しい夫との子を身ごもったときも、その妊娠生活と出産を主題にした映画さえ撮ったくらいだ。
そして、俺とふたりになった家ではいつも、父は、撮ったばかりの母の映像を編集したり、自分が昔撮った母の映画を静かに鑑賞したりして過ごしていた。
父と母の間には、映画というつながりしかなく、俺という存在はすっかり忘れ去られていると俺は感じていた。俺の中で、映画に対する憎しみは増していき、父の撮った母の映画を、今でも、特に激しく憎んでいる。
そのようなことを俺は、聞いているのかいないのか、曖昧な相槌を打ち続ける海音寺にぽつりぽつり話した。
お互い、これだけの打ち明け話をして、普通は距離が縮まるかと思うのだが、逆に、俺たちの間には、それまでなかった溝ができたように思う。
俺たちは、そんな話をする相手とタイミングを間違えたことに気づいていて、互いに後悔していたのだ。
俺は、そもそも自分の土台がぐらぐらで、他の倒れそうな人を支えてやれるほど強くはなく、海音寺には、その強さはあったかもしれないが、母を失ったばかりで、まだ激しい嵐の中にいて、そのとき、他人のことなどとても受け止める余裕がなかった。
だから、この夜の話を、海音寺も俺も、ふたたび持ち出すことはなかったし、あれ以来、お互いの話をすっかり記憶から消去したかのように接していた。
今日、このときまでは。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
99 / 246