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周りからの注目に気づいたウサギが声を潜め、ぶつぶつと文句を言った。その幼い仕草に緩む口元を押さえ、職員室へ向かうべく足を進める。
置き去りにされると思ったウサギが歩き出すが、一緒に行くのはマズいと考えたのか立ち止まった。
ついてこないその姿に振り返り、声をかける。
「帰らないのか?」
「帰る…けど、歩たち待つからいい」
「あっそ」
階段の半ばまで降りても感じる視線。まるで殺す気かと思ってしまうほどの熱視線が背中に突き刺さり、肩越しにウサギを見る。
目が合った途端にそらされて、また笑いそうになってしまった。
「なんだよ」
自分から見つめてきたくせに可愛くないことを言って、けれど構ってほしいのを隠しきれずにいる。
甘いなとわかりつつ手が勝手に動いてしまった。
まるで、隣においでと手招くように。
茶色い瞳が瞬きを繰り返し、ウサギが首を傾げる。
「なに?」
「待ってる間に勉強教えてやろうかと思って。時間の有効活用……まあ嫌ならいいけど」
ふるふると首を振ったウサギがおとなしく隣をついてくる。このまま2人で向かうのはいつものあの部屋だ。
2人で並び学校を歩く日が来るなんて、1年生の頃は思いもしなかった。
見守る為だって理由で近付き、知りたいと思って傍にいて、離れたくなくて追いかける。
それはこれからも変わらない。たとえ何があっても変わることはない。
科目室に着き、扉を開けて中へと入ると、さっきまでしていたことを思い出したのかウサギが少し照れたように鼻を掻いた。
それを隠すように、すたすたと部屋の奥へと行き、机の上に鞄を置く。
「何してんだよ。勉強するんなら早くしろよ。リカちゃんも残ってる仕事あるくせに」
自分から進んで勉強をするようになって、ちゃんと前を向けるほどに成長した慧。
それは少し寂しく嬉しく、そしてやっぱり寂しい。
ほとんど動かなかった手も、今じゃすらすらと問題を解く。少し前までは聞きたくても聞けなかったはずが、今では素直に「ここがわからない」と聞いてくる。
「リカちゃん?」
ぼうっとしてしまった俺をウサギが覗き込んだ。
「なんでもない。真面目な慧君も可愛いなって見惚れてた」
また強がって本心を隠してしまった俺の手に、ウサギが触れた。
「仕方なくしてるだけだからな!別にお前が教えてくれるから応えたいとか思ってないから!!」
「…慧君、急にデレんなよ。心臓に悪い」
「それに!お前が爺さんになって働けなくなった時、俺1人で稼がなきゃダメだしな。老後は面倒みてやるから安心しろ」
「だからやめろって。勉強どころじゃなくなるから」
最近やけに男前な俺のウサギちゃん。このままじゃ下剋上もあり得るかも…と考え、それもいいかと思う。
明日も今も、全てが必要なかった自分に将来の話をしてくれる。それはウサギにとって大した意味のないことなのかもしれないけれど、俺にとって特別なこと。
何かを選んで何かを諦めて、たどり着いた先に自分がいるのだと、そう言われている気持ちになった。
「それじゃあ、うんと長生きしなきゃな。慧君が俺の為の飯を作ってあーんしてくれるんだろ?」
「誰もそこまでは言ってないけどな…どうでもいいから早く教えろって!!」
「教えてください、先生って言ってごらん」
「このクソ教師……」
「あー。もう教えない。教える気失くした」
拗ねたウサギが自分だけで解こうとして、けれど解けなくて悔しそうに言う。
「教えて、リカちゃん先生」
今日も、明日も、明後日も
いつもどんな時も変わることなく…いつまでも
「やっばぁ…慧君が可愛すぎて堪んない」
俺は君に嘘はつかない。
あの約束を果たす時は、もうすぐそこに来ている。
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