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卒業式【牛島歩×大熊桃太郎】
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「やだぁ!!歩ちゃんが見えない!あたしの歩ちゃんが見えない…っ!」
急にクライアントからの連絡があり、遅れた卒業式。既に豊は式場の中へと入ってしまっているらしく、あたしは入口で背伸びをしていた。
けれど受験目前に黒髪に戻してしまった彼がどこに座っているのかはわからない。
「桃…一生の不覚」
悔しくて地団太を踏む。すると、敷いてあるマットに足をとられ、滑って壁に頭を打ち付けた。
「痛い…痛いわ」
「大丈夫ですか?」
声が聞こえた先を向くと、優しそうな女性がこちらを見ていた。年齢は…50歳いくか、いかないかだろうか。
黒髪の女性はあたしに痛むところは無いか聞き、ぶつけた頭に触れる。
「うん、大丈夫そうだけど…もし何か異変があったらすぐ病院に行ってね。頭の怪我を甘く見ちゃ駄目よ」
「え、えぇ…ありがとうございます」
軽く会釈をし、あたしたちはまた前を向いた。きっとこの女性も中へと入れず、けれど息子の晴れ舞台を見る為に駆け付けたのだろう。
直感的にいい母親だと思った。
「3年2組」
聞こえた声は悪友、リカの声。そういえば初めて教師らしい姿を見る。
本当ならここに立っていたのは兎丸星一のはずだった。けれど現実は残酷で、でも悪い事ばかりではない。
離れたところに立っているリカが代表生徒の名前を呼ぶ。証書を受け取ったその子に笑いかけたのだろう、生徒がリカを凝視した。
「相変わらず人たらしなんだから……」
心で呟いた言葉が声となって漏れる。
てっきり口に出したかと思った台詞を言ったのは、隣に立つ女性だった。
驚き見たあたしと、その女性の目が合う。黒い瞳が細まり、少し照れたように笑うのは……どこか、あの兄弟の弟を彷彿とさせる。
「あれ、私の息子なんです。実は長男が教師をしていて次男が生徒なの」
「もしかしてあなたは歩ちゃ……くんの」
「あら。歩をご存知?私は歩の母です」
まさかまさかの展開にあたしは持っていた鞄を落とした。中から書類が出てきてしまい、辺りに散る。
「大丈夫?」
それを拾ってくれた彼女の手は少し荒れていて、歩ちゃんの言っていた言葉を思い出した。
一緒に勉強をしている時に聞いた、歩ちゃんの言葉を。
『うち、母さんしかいないから。これ以上迷惑かけんの嫌なんで』
横暴に見えて歩ちゃんは優しい。誰よりも自立にこだわる彼の、心からの言葉が脳内に蘇る。
この人が歩ちゃんを育ててくれた人。この小さな手で、あたしの大切な彼をここまで育ててくれた人なんだ…そう思うと自然と頭を下げていた。
頭上から戸惑ったような声が聞こえる。それもそうだ、見ず知らずの男が突然頭を下げたのだから。
でもこれだけは言わせてほしい。
「ありがとうございます」
歩ちゃんを素敵な男の子に育ててくれて。生意気だけれど真っすぐな優しい子に育ててくれてありがとう。
その気持ちを込めてあたしは頭を下げる。
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