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卒業式【美馬豊×鳥飼拓海】
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「今なんて?」
咄嗟のことに、空耳かと思った俺は拓海くんに聞き返す。すると閉じていた拓海くんの瞼が上がった。
「もしかしてバレてないと思ってたの?俺そこまで鈍くないよ」
「バレて…っていつから?いつから気づいてたんだ?」
顎に手を当てて考えた拓海くんが数回頷いた。
「あれだ、3年になる前には気づいてた。だってさ、急に連絡増えたし何かあったら焼肉誘ってくるし。いつになったら言ってくるのかなって思ってたら、まさかの卒業式まで粘るんだもん」
あっけらかんと言った拓海くんは持っていた第2ボタンを宙に放る。それを受けとめ、指の間に挟んでニッと笑った。
また拓海くんの知らない一面を見てしまった。
「豊さんは俺の中でレアキャラなんだよ。ほら、俺の周りって個性溢れてんじゃん?そんな中で豊さんといると和むんだよなー」
「それは、なんとなく…わかる」
「でしょ?だって俺と豊さん似てるもん」
拓海くんは似てると言うけれど、俺にはそうとは思えない。なぜなら俺は、拓海くんほど器が広くない。
抜けているところがあって、けれどたまに鋭い。思ったことをズバッと言う時もあれば黙ってもいる。
自分の事なら平気なのに、人の色恋には照れるのは不思議だ。拓海くんには、たくさんの『不思議』が詰まっている。
「豊さん、俺とゲームしよっか」
拓海くんがそれを手の上で転がして言う。草むらの方に向かって勢いよく投げ、にっこりと笑った。
「さっきのボタン見つけたら付き合ってあげる」
「ボタン?」
「ずっと俺を待たせた罰。もし見つからなかったら、しばらく保留ね」
可愛い顔をして悪魔のようなことを言った拓海くんが俺の横を通り抜ける。すれ違いざまに肩を小突かれ、振り返ると今日1番の黒い笑顔で手を振った。
「じゃあ頑張ってね、馬さん先生」
置き去りにされた俺は、投げ捨てられたボタンを必死に探した。
草を掻き分け、転がったのかと辺りを見る。けれど、どれだけ探しても見つからない。でも諦めたくなくて手は止まることはない。
着ていたジャケットを脱いで、春先なのに汗ばむ肌を拭こうとハンカチを取り出す。すると地面に何かが転がった。
「これは…」
拾い上げたそれは、ずっと探していたボタン。
彼が見つけろと言ったものは、1番身近なところにあった。
周りに気をとられ、自分を見失って遠回りする。本当に大事なものはいつも自分の傍にある。
それを自分で気づくように教えてくれた彼は、俺が思っているより遥かに計算高い。
必死に探した手は汚れ、せっかく磨いた革靴には土がかかってしまった。スラックス裾も土埃で白くなっている。
「……はぁ。自分が情けない」
年下の男の子に振り回される自分が容易に想像できてしまい、ため息をつく。それでも頬は勝手に緩み、こみ上げる気持ちが抑えられない。
第二ボタンをポケットにしまって学校を後にする。拓海くんはこの後、家族と過ごすだろうか、それともクラスメイトとだろうか…少しは時間があるのだろうか。
考えて、悩んで、でもやめる。
『行動しなきゃ変わらない』
次こそは自分から、と決意を込めて前を向く。行きよりも不思議と景色が輝いて見えるのは、自分を少し好きになれたから。
長かった片思いを卒業し今日から新しいステージへと進む。男前な彼となら、どんな事もどんな時も……
『なんとかできる』
そんな気がした。
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