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卒業式【兎丸慧】
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教室を出て拓海と合流し、何度も通った廊下を歩く。
何回登ったかわからない階段を降りて昇降口へと向かう。
「じゃあ俺はここで」
1階に着いたところで拓海が手を上げた。靴箱へと向かう俺と歩から離れ、1人違う方向へと歩き始めるその背中に声をかけた。
「拓海、どこ行くんだよ」
「んっとねー、念のために確認」
「確認って…何を?」
聞いても拓海は誰かは教えてくれず「まだ秘密」とはぐらかされてしまった。けど歩は察しがついているのか、無言で自分の靴箱へと行ってしまう。
いつもは率先して一緒に帰ろうとする拓海が、最後の日は別行動をとるなんて意外だ。
大学が始まれば拓海とは別々で、会う時間も少なくなる。きっと拓海ならすぐ他に友達もできるだろう。
俺は歩みたいに割り切れる性格じゃないから…正直まだ寂しい。
「拓海ってば!」
振り返った拓海は満面の笑みで手を振った。けれど戻っては来ず、走り出してしまう。
拓海の背中が小さく、そして見えなくなってしまった。
別に最後の別れじゃないのに、今日は全部が切なく思える。それを振り払うように頭を振る。
3年間使った靴箱の扉を開けると、見慣れない白いものが入っていた。
そっと取り出したそれは白い封筒で、表に『兎丸慧さま』と俺の名前が書かれている。お世辞にも綺麗とは言えない、見覚えのない字。
それを裏返してみても差出人の名前はなく、その中には薄い紙が1枚。
───1年2組の教室で待っています
たった1行しか書かれていないシンプルな手紙だった。
背後から俺の手元を覗き込んできた歩の「なにそれ」という問いかけに俺は「知らない」と答える。だって1年生に俺の知り合いなんていないからだ。
「それさ、お前告られるんじゃねぇの。ずっと兎丸先輩が好きでしたーって」
からかってくる歩を睨み、もう一度手紙を読む。やっぱり誰からの手紙なのかはわからない。
手紙を手に、佇んでいると靴を履き替えた歩が訊ねてきた。
「で、どうすんの?」
「…………どうしよ」
「悩んでるなら行ってやれば」
「えぇ…マジかよ…」
俺がここまで渋るのには理由がある。
なぜなら、今までこういう呼び出しに応えたことがないからだ。手紙だろうと、直接だろうと完全無視が俺のお決まりだった。
「なんで急にそんなこと言うんだよ。歩だってこういうの無視すんだろ」
「なんとなく。最後だから良くない?」
「確かに最後だけどさぁ…」
簡単な1行に込めた思いは俺にもわかる。
思っていることを言葉にするのが、どれだけ難しいか…それがわかった今だから悩む。
少しだけ悩んで出した俺の答えは「わかった」だった。それに何故か歩は満足したように笑って返してくる。
「ささっと済ませてくるからここで待ってて」
歩にそう言うと、冷めた目が俺を映した。
「なんで俺が待ってなきゃなんねぇんだよ。先に帰る」
「すぐ終わるからいいだろ。歩が行けって言ったくせに」
「だとしても嫌だね。逆に聞くけどさ、俺が待ってると思う?」
思うわけない俺は静かに首を振る。すると歩はマジで校舎を出て行き、こちらを振り返ることなく行ってしまった。
試しに隠れて少し待ってみたけど、戻って来る気配らなく、俺は1人残された。
なんで卒業式に1人なのか……最後まで協調性の無い2人と別れて1年2組へと向かう。
そういえば俺も1年2組だったな、なんて考えながら静かな校舎の中を1人歩いて行く。
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