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卒業式【獅子原理佳×兎丸慧】
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じっと俺を見たリカちゃんが、その口を開く。
「式を終えての感想は?」
「感想って言われても…拓海はどっか行っちゃうし、歩には見捨てられたし。クラスの打ち上げにも行かないから実感ない。明日も起きたらこの制服着そう」
「お前らしいな。相変わらず慧君はクールなんだから」
苦笑いしたリカちゃんは締めていたネクタイを緩め、細く息を吐き出した。その横顔は、いつもと少し違う。
俺の視線に気づいたリカちゃんが咳払いをした。
「俺は正直に言って寂しい。もうこの学校でお前に会えないと思うと、働く楽しみが少し減ったかな」
「リカちゃん…」
「でも、それ以上に嬉しい。あの授業はサボるか寝る、テストは適当に埋める慧君が大学まで決めたんだから」
リズムよく教壇から降りたリカちゃんは俺に背中を向けたまま、一言一言を噛み締めるように言葉を紡いでいく。
「教師になって初めてここに立った時、なんで俺がここにいるんだろうって思った。先生ってのは名称だけで俺は本当の意味では先生にはなれない」
怒ると怖くて、今じゃ学校の近づいてはいけないものに入ってるリカちゃん。けれど生徒からは好かれている。
そんなリカちゃんは淡々と続ける。
「1年目はこの仕事が嫌で嫌で仕方なかった。出来るだけ深くは関わりたくなくて、必要最低限しか話さない……教師失格だった」
「なんか意外。リカちゃんはずっと仕事が好きなんだと思ってた」
瞬きを繰り返したリカちゃんが頬に落ちてきた髪を耳にかける。一つ一つの仕草が綺麗で、けどやっぱり何か違う。
「今は胸を張って好きだって言えるようになった……誰のおかげかは言わなくても知ってるだろ?」
どうしてこのタイミングでこの話なのかわからず、俺は黙ってリカちゃんを見つめた。
こうやって距離をとると、ちゃんと『先生』に見えるから不思議だ。
教室にいるリカちゃんを見るのは久しぶりで、全部がここから始まったんだなぁと改めて思い返す。
今、俺が座っているこの席にいたリカちゃんに話しかけたのが全ての始まり。
そこから色々な事があって、俺は名前も覚えてなかった担任を好きになった。たくさん怒って時々泣いて、それ以上に笑った日々。
この学校に来なければリカちゃんとは会わなかった。
リカちゃんが居なければ俺は誕生日もクリスマスも、年越しも。全部を1人で過ごしていたのかもしれない。
父さんも嫌いなままで近寄らなかっただろうし、桃ちゃんや美馬さんの存在も知らずにいたんだろう。
そう思うと、今の俺はリカちゃんでできてるんだと言っても間違いじゃない気がする。
俺の高校生活はリカちゃんで溢れている。
「俺はリカちゃんが教師で良かったと思う。リカちゃんが俺の先生で良かったって心から思う」
そう言った俺に、リカちゃんは背中越しで応えた。
「俺もお前が生徒で良かったと思うよ。そうじゃなきゃ俺は、もうここに立てていないから」
振り返ったリカちゃんがこちらへと歩いてくる。
カーテンの隙間からの僅かな光。その中で見えたリカちゃんは、目を伏せて薄く笑っていた。
俺の前で足を止め、机へと腰掛ける。椅子に座る俺を見下ろしてその手を伸ばした。冷たい手のひらが頬に当たる。
ピクン、と反応した俺にリカちゃんが小さく笑い声を零す。
「でも、それも今日で終わり。卒業おめでとう」
「リカちゃん……」
「先生だろ、って言えなくなっちゃったな」
本当に…本当にこれが最後の時間なんだ。
リカちゃん先生との最後の時間が過ぎていく。
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