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頼んだ料理を半分ほど食べ進めていたところで店内が少しだけ騒がしくなる。もう何度も経験しているこの現象は、アイツが来たと思って間違いない。
背後から聞こえるコツコツという革靴が床を蹴る音。だんだんと近づいて来る甘い匂い。
振り返らずにパンを口に含んだ俺の肩に、長い腕が回る。
「ただいま、慧君」
相変わらず派手な登場の仕方をしやがったリカちゃんだ。
「兄貴、迷わず来れたんだ?」
含み笑いをしながら歩が訊ねれば、リカちゃんは歩のそれよりも歪んだ笑みを見せる。
「慧君が来てって言うなら、何処だって必ず迎えに行く」
「とか言って、電車の乗り換えすらできないクセに。どうせナビに任せたんだろ」
呆れる歩に、リカちゃんは微笑むだけで何も答えない。けれど、リカちゃんの使っているナビは最新で高性能のものらしいから、きっと歩の言う通りだろう。
リカちゃんが超ド級の方向音痴だということは、仲が良ければ誰だって知ってるんだから…わざわざ言わなくてもいいのに。
どうやら、歩のリカちゃんへのライバル心は一向になくならないみたいだ。
俺を少し横へとずらし、空いたスペースに身体を押し込んだリカちゃんは、やって来たウエイトレスに向かってコーヒーを頼んだ。ドリンクバーではなく、単品で頼みやがるところさえキザだと思う。
俺のロールキャベツと、歩のハンバーグセットを見比べたリカちゃんがふっと笑う。
「牛が牛食ってんだ?」
「……うっせぇ」
「お前そんなに食ってるのに背伸びないよな」
歩の眉間に皺が寄る。どれだけ牛乳を飲んでも、運動しても180cmには到達しなかった歩にとって、身長の話題は禁句だ。
俺からしたら歩だって十分高いと思うけれど、歩の目標はいつもリカちゃんだから、そんなの関係ない。
存分に歩をからかったリカちゃんが机に頬杖をついて俺を見た。
「慧君はロールキャベツか。美味しい?」
「普通」
「そう、口いっぱいに頬張ってんの可愛いね」
「……もう黙ってて」
隣から突き刺さる熱い眼差しに、周囲から漂う「なにあれ」という空気。そして「お前らいい加減にしろよ」と言いたげな歩の無言の威圧。
元々薄かった料理の味を感じなくなるほど、俺は神経の全てを殺そうとした。
早くこの場を出たくて、残りを一気にかきこむ。しっかりと中に詰められたひき肉が喉へ押し寄せ、息が詰まって咽てしまった。
すかさず水を差し出してくれたリカちゃんから、それを受け取り口を付ける。
体内へと滝のように流せば、なんとか息が出来て、リカちゃんに礼を言ってコップをテーブルの上へと戻した。
その俺の左手に、リカちゃんの左手が重なる。もちろん仕事帰りだから指輪はない。
コップの冷たさを手の内に、リカちゃんの体温を手の甲で感じ俺の頬に赤い色が差した。
「リカちゃん、手離せよ」
「なあ慧君……俺さっきまで何の見返りも考えず、純粋に迎えに来たんだけど気が変わっちゃった」
息苦しさから滲んだ俺の涙。それを親指の腹で拭ったリカちゃんが、軽く咥える。
「慧君の涙目やっばぁ……今の、すげぇ腰にきた」
存分に色気を溢れさせたリカちゃんが、俺の頬にキスを落とす。そこで落とされた微弱な囁きは「帰るまでもつかな」だった。
俺の頬に差した赤が一瞬で引いたのは言うまでもない。
どうやら今日も簡単には寝かせてもらえないだろう……頭の中に明日の時間割を浮かべ、1限目が空いていることを思い出した俺は、諦めてパンの残りを胃に押し込んだ。
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