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調子に乗りやすい拓海のことだから、きっと俺なんかじゃ思いつかない格好をしてくると思ったのに。
それなのに、拓海はVネックの白いTシャツなんか着ちゃって、さらっとベストまで羽織る大人っぽい姿だった。
七分袖の先には、拓海らしくない高そうな腕時計がはまっている。
「ここに座ったらいい?」
固まる俺じゃなく、幸が連れて来た男に問いかけた拓海がゆったりと腰を下ろした。それは俺の正面の席だ。
ちらりと見えた靴下が何かの動物で、やたらと可愛い。
目線の高さが近くなり、テーブルに肘をついた拓海……が俺を見る。
いつもツンツンに立たせている髪は、合コン仕様で緩いウェーブ。しかも、どれだけ気合い入ってんだよと言いたくなる理由は、その色だ。
黄みの強い茶色じゃなく、漆黒の黒。まるでどこかの先生のような綺麗な黒。
そんな拓海………が俺を凝視する。
「……随分楽しそうだね、慧君」
全く笑っていない黒い瞳で俺を射る。その声色は優しく甘いんだけど、突き刺さる視線は鋭く痛い。
俺はこんな拓海を知らない。
綺麗な格好をしてスタイルの良さを強調し、艶っぽい黒髪を遊ばせている拓海なんて知らない。
低すぎず高すぎない、甘ったるい声を出す拓海なんか俺は知らない。
騒ぐ周囲の中、俺の時間だけが止まる。このまま息すら止まるんじゃないかと思うほど、身体が言う事を聞かずに目の前のた…た……拓海を見つめた。
渡されたおしぼりを受け取る横顔。
車だからとアルコールを断る言葉。
遠慮なく向けられる視線に全く動じないメンタルの強さ。
見た目も中身も拓海じゃないその男を、俺は拓海だと思い込もうとした。頭の中で必死に拓海の外見と声に置き換え、この現実から逃げようとしけれど無駄に終わる。
メニュー表を受け取らなかった目の前のそいつが、再び俺を見る。そして、俺の隣に座ったミナだかヒナだか知らない女を見て、うっとりするほどの笑顔で微笑んだ。
その視線が俺に戻ってきた時、俺の無駄な努力が終わり告げる。
「女の子が苦手だって言う割には手が早いね慧君」
「あ……えっと、なん…で」
「なんで?ああ…もしかしてお前、本気で鳥飼が来ると思ってたわけ?」
頬杖をついた手で口元を隠したその肩が小さく揺れた。
けれどこれは、楽しくて笑ってるんじゃない。
ついさっきまで来てくれると疑ってもいなかった拓海。
それなのに現れたのは拓海とは真逆で、こんなところを1番見られちゃダメな人で、言い逃げるかのようにメッセージを送った人。
今日も帰りは遅くなるって、だから1人で夕飯済ませてって昨日の夜と今朝と2回言われたのに……どうして、だろう。どうしてこうなったんだろう。
俺じゃ確実に見つけられないその答えは、目の前で静かに怒るそいつが自分から口にする。
「これが強引に連れて来られた飲み会…ねぇ。慧が困ってるからって歩に頼まれて来てみれば、そういうこと」
「歩が……嘘だ。だって歩は拓海を誘うって」
そう言いながらも、あの時の歩は頷いただけだったことを思い出す。
きっと、あの金髪くそ野郎は初めから拓海を誘う気なんかなかった。
ブラコンの歩なら、俺よりこいつの味方をすることぐらいわかっていたのに……それなのに、自分のことで必死になり、考えつかなかったのが悔しい。
「鳥飼じゃなくて俺が来たら駄目なんだ?俺と慧君の仲なのに秘密なんて寂しいなぁ……」
そう言ったリカちゃんの表情は『秘密を作るなんて寂しい』じゃなく『なめた事しやがって覚悟しろよ』だった。
歩のピンチヒッターで現れたのは、鳥飼拓海ではなく獅子原理佳。
自分の恋人と合コンで一緒になるなんて、結末はどう考えても修羅場でしかない。
俺は咄嗟に、指輪を外してきた左手を隠した。
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