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「ない!!」
確かに財布にしまったはずの指輪が見当たらない。どこかに紛れているのか、小銭で隠れているのか探しても、どこにもない。
「どこ?!なあ、俺の指輪どこにあんの?!」
姿を現さない指輪に焦れ、俺はなぜか幸に訊ねた。そんなことを聞かれても幸にわかるはずはなく、困ったように首を振られるだけだ。
鞄の中に落ちたのかと思ったそれは、教科書やノートの間を探してもなくて、内ポケットに入っていることもない。
ひっくり返す勢いで鞄を漁っても出てこない指輪。俺は空になった鞄を手に絶句する。
「ほんまに見つからんの?ちゃんと全部探したんか?」
固まる俺に幸が問いかけてくれるけど、答える余裕はない。
ピンチか、ピンチじゃないかで言うと非常に危ない状況。合コンに行き、連絡を途絶えさせ、リカちゃんを無理に帰らせた挙句に外泊して言い逃げ……そして指輪を失くす。
これ以上リカちゃんを怒らせる理由を増やしてどうするんだ、と自分に言ってやりたい。
中身の無くなった鞄を見つめ、放心する俺の身体を幸が揺らす。
「ぼんやりしとる場合ちゃうやろ。もう1回思い出してみって」
「そう言われても覚えてないんだって!財布に入れたはずなのに!」
頭をフル回転させて必死に考える。
出てきた候補は、正直に話す、ごまかす、見つかるまで帰らない…最後に同じものを買うの4つだった。そのうちのどれがいいか幸に相談すると、どれも渋い顔が返ってくる。
「ごまかすのは一時凌ぎ過ぎるし、見つかるまで帰らんっていうのは絶対あかん」
「じゃあ同じのを買うがベスト?」
「それは無理やな」
一蹴した幸が、その理由を教えてくれる。
「だってな、あれ普通のペアリングじゃなくマリッジリングやろ。なんか特殊な加工もしてあるみたいやったし」
「そんなの見ただけでわかるもんなの?」
女ならまだしも、男の幸が指輪に詳しいことが意外で聞いてみる。すると幸は、自分の指にはまっている凝ったデザインのそれを俺に見せて答えた。
「俺ホストやで。指輪なんて今まで何個も貰ってるに決まってるやん。まあ、マリッジリングなんか渡されたら即切るけどな」
悪びれることなく言い捨てた幸は、指を顎に当てて俺の指輪の行方を考えてくれているらしい。
そこに光る銀色の輪っかは、きっと今日会う予定の客からのプレゼントなんだろう。
一緒に居るほど増えていく幸の謎が気になるけど、今はもっと大きな問題を抱えている。姿の見えない指輪に、リカちゃんへの言い訳。
ぐるぐる……ぐるぐる考えて頭を悩ませていると、同じように昨日の俺の行動を思い出していた幸が「そういえば」と口を開く。
「財布やったら小銭とぶつかって傷つくからって移動させへんかった?」
「移動…………した!!駅出た時に定期入れに入れた!」
幸の一言によって思い出した俺は、急いで定期入れを探す。落ちないよう奥に押し込んだそれを指で探ると、冷たい金属が肌に触れた。
「あった!マジ焦ったし!これまで失くしたら俺、今日も帰れないところだった」
見つけたそれを手のひらに乗せ、幸に報告しようと顔を上げた。すると幸は何か言いたげに、複雑そうな表情をしている。
「ウサマル、そんだけ嘘ついてて、ほんまは苦しいんちゃうん?指輪失くして焦るぐらい好きなんやったら、全部言ってもたらええのに」
「嘘…じゃない。飲み会に行ったのも、幸の家に泊まったのも本当のことだし」
「そうじゃなくて。最近のウサマルは度を越してるっていうか…自棄になってるだけにしか見えへん」
いつも味方だった幸から諭すような台詞が出て、言葉が喉に詰まる。歩やリカちゃんだけでなく、幸まで怒らせてしまったのかと思うと、俺は黙るしかなかった。
「ほら、俺は嘘つくんが仕事みたいなもんやから。そういうのには慣れん方がいいと思う。ずっと黙られるより、ちゃんと言ってくれた方が何倍も嬉しいんやって」
それが誰に対してのことか、心当たりがありすぎて悩んだ。少しだけ機嫌の悪そうな幸に何か言おうとして、何も言えなくて、やっぱり口を閉ざすことしかできない。
「ウサマル。本当のこと言ってみ」
幸は優しい。無理に聞き出すんじゃなく、俺から言えるように流れを作ってくれる。
そんな幸に隠し事をしてると思うと自分が情けなくて、今までしてきたことが全て間違っていたと気づく。
これでもかと落ち、俯いて地面を見つめた。夏が近づいてきているからか、まだ外は明るい。
それなのに、見つめる先が一瞬で影に変わった。
「うちの慧君を苛めていいのは俺だけなんだけど」
聞こえた声に勢いよく頭を上げると、まず見えたのは驚いた幸の顔。その視線の向かう先は俺の背後で、振り返った先には真っ黒の髪に白い肌、今日も一切汚れのない黒いスーツ。
細い長身に細身のスーツが似合うな……なんて考えてる場合じゃない。
「え……なん…だって、学校で……会議が」
「急に延期になって早く上がれるから迎えに行く。そう言おうとしたら、誰かさんに連絡つかなかったんだけど」
まだ数時間は帰ってこないはずのリカちゃんが笑う。
「慧君、今日も遅くまでお疲れ様」
偽物の笑顔を張り付け、労いの言葉をかけてくれたリカちゃんが身を屈めて続きを囁いた。
「さあ家に帰ろうか……色々聞きたいこともあるし、ね」
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