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遠心力が加わった俺の身体は、勢いよくリカちゃんの元へとたどり着いた。
いきなり俺を押し付けられたリカちゃんが、戸惑うことなく支えてくれる。トン、とぶつかった胸元からは甘い匂いがして、そこには少しだけ煙草の煙たい香りが混じっていた。
「大丈夫か?」
ふらつく俺を立たせてくれたリカちゃんが訊ねてくる。それに頷くと、中途半端にずり落ちかけていた鞄を奪われた。
「鞄ぐらい持てるんだけど」
「駄目。さすがにここで鬼ごっこは恥ずかしいから、これは預かっておく」
俺が戻って来たからか、リカちゃんの醸し出す空気が少しだけ柔らかくなったように感じた。それは気のせいなんかじゃなく、幸を見るリカちゃんの目からもわかる。
「蜂屋君も帰るなら車乗ってく?」
社交辞令なのか本気なのか、リカちゃんが幸に訊ねるとそれに首を振った幸が答える。
「風邪気味で車酔いしそうやからパスで」
「酔わせるような運転しないって。じゃあ今度、体調いい時にな」
くるっと踵を返したリカちゃんは、俺の腕を引いて歩き出す。
有無を言わせない手で引きずられて歩きながら、置き去りにしてしまう幸を呼ぶと、応えてくれたその口角がニッと上がった。
「そういえば牛島さん。今日は指輪してへんの?」
背後からの幸の問いかけに、リカちゃんの足が止まった。背中を向けたまま、肩越しに幸を見たリカちゃんの表情は、反対側に立つ俺には見えない。
「そんなことまだ覚えてたんだ?」
「合コンに来るのに左薬指に指輪してくるなんて余裕やなあって思って」
「さすがに仕事中は外してるよ」
「あれ?でも、確か前の時は学院生やて言ってへんかったっけ?」
仕事の時は指輪をしないリカちゃん。何もついていない左手は、今は俺の腕を掴んでいる。
そこに幸が視線を向け、ゆっくりとそれを動かした。
その目がたどり着いた先は俺の左手。咄嗟にポケットに手をしまった俺を、幸は軽く一瞥しただけだった。
「あれってマリッジリングやん?言わなバレへんのに外すんは、知られたくないから?それとも気分?」
幸が何を思って、そんなことを聞くのか俺にはわからない。
ただ、さっきまでは友好的に感じた幸の視線が少し鋭く、リカちゃんを射たように見えた。
俺の指輪と、リカちゃんが昨日つけていたものは、もちろん同じデザインだ。そこまで特徴あるものではないけれど、このタイミングで指輪の話をする幸を見つめる。
なんとかごまかそうとした俺より早く、リカちゃんが口を開いてしまった。
「どっちも外れ。わかってて聞くなんて性格悪いね」
「悪いんやなくて、好奇心旺盛って言ってもらいたいんやけど」
「好奇心って言うよりも、猜疑心じゃないか?昨日からずっと、疑った目で俺を見てたくせに」
リカちゃんと幸は、俺の前でいる時と全然違った。特に幸の様子がいつもと違いすぎる。
俺を放って会話していた2人は、ようやく満足したのかそれ以上話すことはなかった。リカちゃんはそのまま俺を連れて歩き出すし、幸は幸で手を振るだけ。
それに軽く振り返すと、幸は手を振る勢いを強くする。
「せや、言うの忘れとった!」
振っていた手を口元に宛がった幸は、満面の笑みを浮かべた後、大きく息を吸い込んだ。
「ウサマル、今度は獅子原のリカちゃん紹介してな」
数メートル程の距離を埋めるよう、幸が大きな声で言う。どうして急にそんなことを言い出したのか、聞けないままに俺は大学を後にした。
近くのパーキングに停めてあった車。その後部座席には仕事用の鞄とパソコンと、分厚いファイルが2冊。
やっぱり仕事を持ち帰って、俺を連れ戻しに来たリカちゃんの横顔を盗み見る。
運転席に座るリカちゃんと、助手席に押し込められた俺の間には僅かな距離があって、今はそれだけが俺を守る壁だった。
けれどその壁は簡単に崩れる。
「で、とりあえず何か言うことは?ああ、先に言っておくけど事と次第によっては、その口塞ぐから」
運転席から身を乗り出してきた俺様リカ様によって、俺を守ってくれるものは何もなくなった。
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