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とりあえず先に家に帰らせてくれと頼むこと数回。必死に頼んだ甲斐もあり、なんとかマンションまで戻って来れた。
だけど場所が変わっただけで、ピンチな状況は全く変わらない。
1日ぶりの我が家はやっぱり綺麗で、幸の部屋のように読みかけの雑誌もないし、服が散乱していることもない。
定位置にあるリモコンを取ろうと手を伸ばせば、すかさずそれが目の前から消える。
「テレビなんか観てる余裕あるんだ?」
眉を上げて俺を見るのは、スーツのジャケットを脱いだリカちゃんだ。
ワイシャツだけの身体は細く、きゅっと締まった腰に抱きつきたくなるけれど。今そんな事したら完全にアウトだろう。
リカちゃんがソファに足を組んで座る。そして、突っ立ったままの俺を見て、その足元に座れと顎で示してきた。
座るのが隣じゃなく足元なのは『お説教タイム』が始まることの表れに違いない。
自分が悪いとわかっていても正座するのは悔しくて、俺がとった姿勢は体育座りだった。
両膝を抱え、上目遣いで偉そうな男を軽く睨む…けれど、氷のように冷たい視線が返ってくると、もう顔なんて上げていられない。
頭上から火を点ける音と煙の匂いがする。吸った息を吐いたリカちゃんが「どうぞ」と一言零した。
「いや、煙草とか吸わないし」
まさか煙草を勧められたのかと思った俺は、抱えていた膝から顔を上げた。
「誰が吸わせるか。そうじゃなくて、俺に何か言いたいことあるんだろ?」
そう言ったリカちゃんが浮かべる表情は、さっきまであったはずの怒りじゃない。張りつめた空気も少しだけマシに感じる。
「え……怒ってなかったのか?」
あれだけ冷たい目で見られ、わざわざ大学まで来たくせに。拍子抜けした俺に、リカちゃんは目元にかかる前髪を耳に掛けて言う。
「何も知らない状況で、一方的に怒るほど子供じゃない。きちんとお前の言い分も聞いてから怒る」
「…………その割にはすっげぇ機嫌悪かったのは誰だよ。っつーか、怒るのは怒るんじゃねぇかよ」
「機嫌は良くない。困ってると思って駆けつければ合コンだったし、強引に追い出されるし。その当日に外泊されて笑っていられるほどバカじゃないんで」
それを言われてしまうと何も言い返せなくて、俺は上げた顔を膝の間に埋めた。
リカちゃんは言いたいことがあれば言えって言うけど、正直もう何を言いたかったのかを忘れかけている。
お父さんにもっと試せばいいって言われて、拓海に心配させてみたらって言われ、名前も知らない顔も覚えてない男に、倦怠期じゃないのかって疑われて。
全部誰かに流されてした行動ばかりだ。
結局、自分で考えてしたことの少なさに気づき、俺はさらに口を噤んだ。
この状況で「俺も何がしたいのかわからない」なんて言える勇気は、俺には微塵もない。
頑なに口を閉ざす俺に、リカちゃんは火をつけたばかりの煙草をすぐに捨ててしまった。
紫煙を吸う代わりに出たのは、わざとらしく聞かせるような、深いため息だ。
「言わないなら晩飯抜きでこのまま徹夜。せっかく今日は誰かさんの好きなドリアなんだけどなぁ……朝から仕込んだデザートもあるのに」
たとえ腹が減ってても、リカちゃんの作るドリアがくっそ美味くても言わない。デザートって何か知りたくても言わない。
「それに昨日、誰かさんが観たがってた映画借りてきたのに。明後日には返さないと駄目だし、人気みたいだから次はいつになるかわかんないけど…まあ仕方ないね」
ソファの隅に置かれたレンタルショップの袋が気になっても言えない。リカちゃんと2人で推理した結果が合ってるか、答え合わせしたくても絶対に言っちゃ駄目だ。
「あ、そう言えば土産でチョコレート貰ったんだよ。確か地方限定のやつ。勿体ないから桃にでもやるか」
鞄から小さな包みを取り出したリカちゃんが、俺の顔の前でそれを振る。この世の食べ物でチョコが1番好きな俺にとって、拷問としか思えない行動だ。
ぐうぐうと鳴る腹に、視界に映りこむショップの袋。そして目の前で揺れるチョコレート。
言わないと誓った気持ちが言えないに変わり、言っちゃ駄目に変化した。
でもまだ耐えられる。いくら俺でも、物には釣られないんだって証明してみせる。
そう決意し、拳を握ったんだけど。
「慧。ところで、嘘をついたら飲まされる物知ってる?」
突然の質問に瞬きで答えると、リカちゃんの笑みが真っ黒になった。100点満点の黒い微笑みで俺を見て、続ける。
「本来なら針千本なんだけど、それじゃあ慧が痛い思いするだろ?俺はすごく優しいから、慧に痛い思いはさせたくない…でもお仕置きはしなきゃいけない。そこで、だ」
一旦言葉を区切ったリカちゃんは、100点満点のはずだった笑みを、キラキラと輝かせる。
どうやら、リカちゃんの微笑みは100点が満点じゃなかったらしい。さっきよりも更に凶悪なそれを、俺に向ける。
「針千本の代わりに特製野菜ジュースとかどう?苦くて濃くて、すっごく身体に良い特製の」
「野菜、ジュース?特製……の?」
「そう。家にある野菜を全部詰め込んで、それを飲んだ時の慧君を思うと──やっばぁ…慧君泣き崩れちゃうかもね」
好きなものを取り上げられた代わりに、大嫌いなものを与えられる。そこに「俺はやると言ったら確実にやるから」と付け加えられれば、敵うわけない。
だって、リカちゃんは人の嫌がる顔が大好物だからだ。
「──っ俺、倦怠期とかやだ!!そんなの絶対にやだ!」
情けなくも弾け出た俺の台詞に、リカちゃんが珍しく口を開いて呆けた。
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