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「いい加減に離してくれませんか?」
鹿賀に言われて、まだ腕を掴んでいたことを思い出す。パッとそれを離すと、鹿賀は持っていた本を棚へと戻した。
そのまま俺の脇を通り過ぎようとした背中に声をかける。
「おい、なんでこんな事すんだよ。こんなの困らせるだけだろ!」
「誰をですか?親と教師……ああ、店の従業員もですかね」
「わかってんなら、なんで…っ」
「別に困ってくれなんて頼んでないので。勝手に困って、それを僕に押しつけるなんて理不尽です」
無表情で淡々と言い返してくる鹿賀に、言葉を失う。俺の周りにも性格が悪いやつはいるけど、鹿賀のそれは別格だった。
性格が悪いだけじゃ済まされない、そう思ってしまう。
呆然とする俺に鹿賀は蔑む視線を向け、嫌そうに眉を顰めた。
「と言うか、僕には両親がいないので」
「えっ?それは……わ、悪かった」
流れる沈黙。聞いてはいけないことを聞いたような、でも鹿賀が勝手に言い出したことだし……と気まずく思っていると、蔑む表情が嘲笑に変わった。
「嘘ですよ。すぐ信じるなんて、やっぱり見た目通りバカなんですね」
そう言われて、からかわれたのだと気づく。
頭に血が上り、顔が熱くなった。文句を言ってやろうと口を開くと、先に鹿賀が深いため息をつく。
「もういいですか?ただでさえ学校帰りで疲れているのに」
そう言われて気づいた。確か鹿賀は、ずっと不登校だったはず……それなのに今着ているのは制服だ。
なんで、どうして。頭に疑問が浮かぶが、咄嗟に聞いちゃダメだと押し留まる。
鹿賀が不登校だと初対面の知っているのは変だから。なんで知ってるんですか、そう聞かれたら答えられない。
何も言えずにいる俺を一瞥した鹿賀が、ゆっくりと歩き出す。2、3歩進んだところで、それが止まった。
「──はい。うるさい……そんなこと言われなくても、わかってます」
誰かからの電話を受けた鹿賀は、嫌そうに言い返す。俺に話した時よりも、感情がある声。淡々としていない、気持ちの入った声だった。
「それより、そっちこそ……ああもう、本当に鬱陶しい。せ、ん、せ、い。獅子原先生こそ僕との約束守ってくださいね」
鹿賀の口から出た『獅子原先生』
あの学校で、その名前は1人だけだ。俺が知っている、あいつだけだ。
「わかってるって言ってるじゃないですか。しつこい男は嫌われるんですよ。まあ、僕はしつこくなくても嫌いですけど……って笑わないでくれますか?もう切りますよ」
荒々しく電話を切った鹿賀は、じっと見つめていた俺に気づいた。肩越しに振り返り、こちらに視線を向ける。
さっきと全然違う顔。リカちゃんを嫌いだと言った通り、苛立ち、腹を立てていることがわかる表情。
俺をバカにした時よりも人間らしい目をして、鹿賀が俺を見る。
「なんですか?本屋で電話しても犯罪なんですか?」
「別に……何も、ない」
「……変な人」
途端に感情を消した鹿賀は、鼻で笑って今度こそ行ってしまった。
万引きがバレても顔色ひとつ変えなかったくせに、リカちゃんからの電話には感情を出す。
「笑わないで」鹿賀がそう言ったってことは、リカちゃんは電話の向こうで笑ったってこと。俺の知らないところで、知らないうちに連絡先を交換し、わざわざ電話までして笑った。
胸の奥がチリチリする。リカちゃんが鹿賀を面倒だって言っていたことを知っているのに、何か嫌な感じがする。
それは会計を済ませた幸が戻ってからも消えなくて、リカちゃんにも、どう聞いていいのかわからない。
そのうち忘れると思っていたこの日の出来事。もう会うことはないはずだった鹿賀。
あの冷めた声と見下してくる目、お前なんかに興味はないと伝えてくる雰囲気。
それを俺が再び目にしたのは、1週間後のことだった。
リカちゃんの隣に立った鹿賀は、嬉しそうに笑って「先生」と自分から呼んだ。
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