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鹿賀の嫌味に迎えられて家に帰り、夕飯を済ます。それぞれシャワーを終えるとリカちゃんは仕事部屋へ、俺は寝室へと入った。
本当はリビングのソファに寝転び、テレビを観てダラダラしたいけれど、鹿賀がいることを考えたら仕方がない。
ベッドの上で広げるのは、今日借りたばかりの本だ。感想文は夏休み明けに提出だから時間はあるけれど、他の課題のことも考えて早めに手をつけようと思った。
ほら、俺すごい成長したなと自分で褒めてやりたい。
厚めの表紙を開き、そのまま目次へと進む。嫌な予感がしたけどそれを無視して次のページへ移り、俺の手は止まった。
「……マジ…か」
ここでやっと幸の言った言葉の意味がわかった。
俺は、幸が「お前でも本を読むんだな」って言ったと思っていたのだが、それは違う。
目の前に並ぶ英単語の羅列。文頭から文末まで、ずーっと英語。次のページも、その次のページも英語、ずっとずっと英語で英語。
「終わった……」
俺の英語能力は、受験の時の付け焼刃レベルだ。大学に入学してしまった今、完全に抜け落ちているであろう知識では、こんなもの読めるわけがない。
「名前、わかる。性別と歳もわかる……その次からもう無理だ」
7文字以上の単語を見ると頭が痛くなる。読むだけでなく、辞書まで使わないといけないし、使ったところで読破できるとも限らない。
「まあうん……見なかったことにするか」
とりあえず後回しにしようと、その本をベッド下へと隠した。なぜ隠したかは自分でもわからないけれど、なんとなく視界から消したかった。
ベッドに突っ伏して思い出すのは、鹿賀がマンション下で待っていた時の姿。すっげぇ頭がいいらしいあいつなら、こんな本もあっさり読んでしまえるのだろうか。
そう思うと、無性に苛立つ。俺だって本気になれば、洋書の1冊ぐらい平気だ。
隠したばかりの本を拾い上げ、唸りながら読む。読むというよりは謎解きに近いし、正解もわからない。
「わっかんねぇ……お前は誰だ?!」
出てくる登場人物がどんなやつで、主人公との関係もわからない。もうこの本は諦めて違うやつに変えるべきか悩んでいると、寝室のドアが開いた。
「慧君、まだ起きてんの?」
入ってきたリカちゃんに言われて時計を見ると、もう0時近くを指していた。1時間以上没頭したくせに、まだ1章も進んでいない状態……ため息しか出ない。
「ん?どうした?」
よっぽど浮かない顔をしていたのか、リカちゃんが俺に近づいて来る。ベッドに寝転ぶ俺の傍に腰掛けたリカちゃんは、枕元にある本を見た。
「ああ、そういうこと。これ、いつまで?」
「夏休みだけど……他にもレポートがいっぱいあって、絶望的」
「仕方ないね。今回だけな」
そう言ったリカちゃんは、俺を跨いで隣へと寝転ぶ。2人してうつ伏せで見るのは、宇宙語とも思える謎だらけの文章だ。
1文読むのに何分もかかった俺と違い、リカちゃんはそれをスラスラと読んでしまう。さすが英語の先生と感心していると、キリのいいところまで読み終えたのか、リカちゃんが本を閉じた。
「一気に読んでも忘れるからな。少しずつ読んで、物語を理解してから続ければいい」
「それって、毎回リカちゃんが読んでくれるってこと?」
「本当は自分でしなきゃ駄目なんだろうけど……まあ、今はそれどころじゃないだろ」
そう言って見るのは、リビングへと続くドアだ。俺に視線を戻したリカちゃんは苦笑して、小さく「ごめんな」と謝った。
鹿賀が来てから増えた、リカちゃんの「ごめん」
鹿賀がいることで神経を使い、持ち帰った仕事をできるだけ早く終わらせ、そして俺にも気を配る。
不意に、リカちゃんって本当に苦労人だと思った。
俺に見せないストレスと疲れを抱えているリカちゃんの頭に、そっと手を伸ばす。頭を撫でられることを嫌がると思ったけど、嫌がるどころか目を細めて笑った。
「俺、鹿賀がリカちゃんを選んだ理由がなんとなくわかる」
気づけば、そんなことを言っていた。
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