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人間の感情っていうのは複雑であって、単純でもあるらしい。鹿賀にバカにされると腹は立つけど、寝る前にリカちゃんと話すと収まる。
確かにエッチの回数は減ったし、限られたスペースでしか触れ合えない。けれど、前のように倦怠期だと疑うことはない。
きっと俺が、この数ヶ月で大人になったんだろう。
「んなわけあるか。そんなん、彼女ちゃんの努力の賜物に決まってるやろ」
「タマモノ?リカちゃんと俺、ボール遊びなんてしてないんだけど」
よくわからないことを言ってくる幸に返せば、呆れたようにため息をつかれた。1年早く生まれたからって、こうやって博識ぶるのは幸の駄目なところだと思う。
前期の試験に向けて、2人で勉強していたが、それを早々に投げ出したのは俺の方だ。目の前に座る幸は、まだパソコンとにらめっこしている。
「わっからへん……なあ、歩って今日バイトなん?」
「知らね。ってか、なんで歩?」
「だってあいつ、頭いいやん。それに要領もいいから、レポート書くときめっちゃ助かる」
なんで俺に聞かないんだってのは、もちろん言わない。
幸が悩んでいることは、俺にとってはレベルが高すぎるからだ。それを教えてやれる歩にムッとすることもあるけど、分野が違うんだと自分を抑える。
「あー、もうやめた!ウサマル、なんか食べて帰れへん?俺めっちゃお腹空いた」
「もう結構いい時間だしな」
時計の針が差すのは7時前だった。そろそろリカちゃんが帰ってくる時間だけど、夏休み前のテストで忙しいらしく、最近は帰宅時間が遅めだ。
きっとマンションの下では鹿賀が待っているだろうが、どうせ2人でいても楽しいことなんてない。それなら幸と夕飯を済まして帰る方がよっぽどいい。
幸に頷き、リカちゃんに帰りが遅くなることを連絡しておく。一瞬だけ俺の帰りを待ち続ける鹿賀の姿が頭に掠めたけれど、強引に振り払った。
自分のことを嫌っているやつに、優しくしてやるほど俺はお人好しじゃない。
赤い毛玉姿の幸と一緒に電車に乗り、2人の中間地点で降りる。適当に目についた店に入って食事を済ますと、9時を過ぎた頃だった。
既に帰っているリカちゃんから、気をつけて帰ってくるよう、遅くなるなら迎えに行くと返事が来ていた。それに今から帰ると返し、迎えは断る。
「あいつ……絶対怒ってるよな。帰ったら嫌味言われると思うと憂鬱」
「あいつ?ああ、バンビちゃんか」
「だからバンビって言うな」
駅へと向かいながら幸と軽い言い合いをしていると、やっと改札が見えてくる。俺たちは乗る電車が違うから、改札を越えたら分かれなきゃいけない。
「また明日なー。リカちゃんと喧嘩したあかんで」
「うるさい。お前こそ客に刺されんなよ」
「アホか。そんなヘマせえへんわ」
いつものように軽口を叩き、ホームへと向かおうとした幸の表情が凍る。顔は俺に向けたまま、違う所を見つめる瞳が揺れた。
上げたまま下ろされない手に、瞬きするのを忘れた目。
時間が止まったんじゃないかと錯覚するぐらい、その場に立ち竦む幸の唇が何かを呟く。
「幸?」
呼びかけても幸は俺を見ない。俺の後ろを見つめる続ける幸を、聞き慣れない声が呼んだ。
「ああ、やっぱり幸だったんだ。そんな格好してるから、誰かと思ったけど」
背後から聞こえた声に振り返る。そこには、手を繋いだカップルが立っていた。その声の持ち主である、男の方が緩く笑う。
「なにそのダサい姿。ウケるんだけど」
彼女らしい女の子を連れて歩いて来た男が、固まる幸の隣に立ち、上から下まで眺めた後に鼻で笑う。
「なんだよ、もしかして俺のこと忘れたとか言わないよな?」
「……まさか」
「だよな。だって俺たち、友達だったもんな?」
男の問いかけに、幸は肯定も否定もしなかった。
返事の代わりに零れた「ごめん」がやけに小さく、消えそうなほど頼りなく聞こえた。
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