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明らかにおかしい幸の様子。男はそれに気づいているのか、それとも気づいていないのか一方的に話しかける。
「お前学校に来なくなったかと思ったら、いきなり転校して音信不通になんだもん。地元に帰ったのかと思ってたけど、しぶとく残ってたんだ?」
「あ…ああ……うん、まあ」
「なんだよ。見た目だけじゃなく、中身までオタクになったとか?終わってんな」
男から出る言葉の端々に棘を感じる。それは俺の気のせいなんかじゃなく、男の連れていた女の子も心配そうな顔をしていたから正しいんだろう。
幸を見下してバカにしている顔。友達だと言ったくせに、全く友好的に見えない。
戸惑っている幸を見ないで、自分の言いたいことだけを言うそいつに無性に苛立った。こういうタイプは大嫌いだ。
「幸!俺、買い忘れたのあるからついて来て」
咄嗟に幸を呼ぶと、前髪の隙間から俺を映す赤茶の瞳が見えた。まるで捨て犬のように寂しそうな……悲しそうな目。そんな目されたら、放っておけない。
返事をしない幸の元まで足早に歩き、腕を掴む。意味のわからないカップルから引き離すと、幸が小さく息を吐いた。
強引だったけれど自分のしたことが間違いじゃなかったんだとわかり、自信が出てくる。幸もこの男が苦手なんだって確信したからだ。
「幸は連れて行くから」
男に向かってそう言うと、俺を凝視して面白くなさそうに目を眇める。
「幸の友達?え、こんなダサいのと友達って正気?」
「別に俺と幸がどんな関係だろうと、関係ないだろ」
たとえ幸と友達だったとしても、今の幸はこいつを拒絶している。言葉にしないで近寄るなと伝えているのに、それを見て見ぬふりするなんて信じられない。
キッと睨むと、一瞬怯んだ男が後ずさった。こういう時、キツめの顔って便利だ。
「俺、幸がダサくてもイケメンでも関係ないから。幸は幸だし、外見で友達してるわけじゃない」
まだ数ヶ月だとしても、幸は俺をたくさん助けてくれた。くだらない話も聞いてくれて、アドバイスもくれた。
見た目が毛玉で、正体がホストだったとしても『蜂屋幸』であることに変わりはない。
言葉と態度、雰囲気で威嚇する俺に、男は白けた顔をする。隣に立つ彼女に「悪者扱いされてるんだけど」と冗談みたいに言って、また俺たちを見た。
「まあ、幸とか今さらどうでもいいし。ああ、でも幸の元友達として1つ教えてあげる」
口元だけ笑ったそいつに、どうしてか幸が反応する。やめろと幸が言うより早く口を開いた男は、意味のわからないことを告げてきた。
「大事なもの盗られる前に離れた方がいいよ。そいつ、人のもの盗って壊すのが趣味だから」
「……は?それ、どういう意味?」
「友達だって笑って、裏で酷い事するんだよ。そのオタクな格好も、あんたを騙す為の演技だったりして」
全くもって理解できない俺を置き去りに、嵐のようなカップルは去って行った。その背中が見えなくなって、俺は幸を呼んだ。
すると肩を跳ねさせた幸は、俯いていた顔を勢いよく上げた。
そこにはいつものように笑った幸がいる。
「ウサマル!俺、買い物には付き合われへん。お隣さんから猫預かってて、帰ってエサあげなあかんねん」
「え、あ……おい、幸!」
「ごめん。また大学でな」
捕まえようとした手は振りほどかれ、幸は走って行ってしまう。人と人の間を器用に走る赤い頭が遠くなっていく。
笑った顔も、帰らなきゃ駄目な理由も幸らしいものだった。嘘だって思えないぐらい、普通だった。
でも、俺の知っている幸は誰かを振り払ったりしない。逃げるように視線を背けたりしない。
帰り道で幸にメッセージを送るも既読にはならず、電話も出ない。
家に行くべきか迷ったけれど、時間も時間で俺の帰宅を待っているやつがいる。
明日になれば幸はいつものようにヘラヘラ笑って現れる。それが毛玉モードなのか、イケメンなのかはわからないけれど、バカみたいに「ウサマル」って言って、またノートを見せてくれって言ってくる。
そう思った俺は、真っすぐに家へと帰った。遅いと怒られるかもと不安になりながら、玄関の扉を開けてリビングへと向かう。
そして、目に映った光景に、早く帰らなかったことを後悔した。
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