アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
89
-
それからリカちゃんが仕事を終えたのは、俺が寝室に籠って1時間ぐらい経った頃だった。
課題図書の続きを読むって言われても、俺の頭の中には鹿賀の顔がチラつく。内心ではリカちゃんも鹿賀みたいに『こんなものも読めないのか』って思ってるんじゃないかと疑ってしまう。
明らかにレベルの低い自分が嫌になって、適当な理由をつけて断る。俺が勉強嫌いなのを知っているリカちゃんは、呆れた顔をしながらも、ごまかされてくれたようだった。
そして今朝。
俺はどうしても鹿賀と顔を合わすのが嫌で、嘘をついて1時間早く家を出た。時間をかけて大学へと向かいながら、夏休みまで残り何日かを数え、受け入れたくない現実を再確認してしまい気が滅入る。
家に帰りたいけど帰りたくない。でも帰らなきゃリカちゃんと鹿賀が2人になる。
どっちにしても俺に楽しいことはない。やっぱり出るのはため息ばかりだった。
「いっそのこと高校ごと爆発するとか……そうしたら授業どころじゃなくなるし」
あり得ない希望を口にすると、後ろから「怖えよ」と返ってきた。
「お前さ、いくらなんでも自分の卒業した高校を潰すなよ」
「……なんだ、歩か」
明らかに落胆した俺に、歩は気にする様子はない。
「そのヤバい顔って、噂の居候が原因?」
直接の面識はなくても、話だけは聞いて知っている歩が訊ねてくる。それに曖昧に頷くと、隣まで来た歩が鼻で笑った。
「なんで家主のお前が参ってんだよ。そんなに嫌なら追い出せばいいじゃん」
「それが出来たら苦労してねぇ」
もし俺が鹿賀を追い出したら、困るのはリカちゃんだ。あの性格が悪い鹿賀なら、リカちゃんを困らせて楽しみそう……そう考えて、ふと思い直す。
今の鹿賀なら、リカちゃんを本当に困らせるだろうか。あれだけ懐いて嬉しそうにしていたのに、困らせて楽しんだりするとは思えない。
じゃあどうするんだ、っていうのは思いつかないけど……でも、何事もなく済ませてはくれないことは予想できる。
だからこそ断れないし、激しく拒絶はできない。
今日、帰ってからのことを考え込んでいると、隣の歩が横目で俺を見ていた。
「なんでガン見してんだよ」
「まさかお前が先に参るとは思ってなかった。他人と同居で、しかも禁欲なんて兄貴の方が絶対おかしくなるかなって……あ、今以上にって意味な」
「リカちゃんは平気なんじゃねぇの。あの2人、仲いいみたいだし」
多少の皮肉も込めて言うと、歩は目元にかかった前髪を掻き上げた。
その仕草を見た近くにいた女が、暑い中熱すぎる視線を送ってくるが歩はもちろん無視だ。
まるで通学路と俺しか見えていないみたいだった。
リカちゃんもそうであればいいのに……と、また小さなため息が零れる。
「だいたい、昨日だって……」
「昨日?」
嫌々ながらも昨日あったことを歩に話す。すると最初はちゃんと聞いていてくれたはずが、次第にその目が死んでいった。鋭く睨むんじゃなく、心底呆れた目だった。
「慧……朝っぱらから鬱陶しい」
そして極めつけがこれだ。人の相談を鬱陶しいと片付けてしまうのは、友達としてどうなんだろう。仮にも中学からの付き合いなのに、心配どころか肯定もしれくれない。
少し高い位置にある目が俺を見下ろす。そして、優しさの欠片もない歩らしい一言が落ちてくる。
「なんで俺ばっかりバカップルの惚気聞かされんだよ。そんなの、幸か拓海にでも言え」
「はあ?お前俺の話聞いてた?これのどこが惚気なんだよ」
「惚気だろ。兄貴が自分の物を他人にやって、それで苛々してるってバカなのか?ああ、バカだったな悪い」
ちっとも悪く思ってないし、惚気じゃないし、バカでもない。そう言い返しても歩は相手にしてくれず、大学に着いてそれぞれの向かう講義室へ分かれる。
こうなったら、幸に聞いてもらうしかない。幸なら俺のことを絶対に悪く言わないし、笑って「大丈夫」って言ってくれる。
わかるわかるって頷いて、何かいい案がないか一緒に考えてくれる。
窓際の席に、珍しく俺より先に来ていた赤い後頭部が見え、俺はその隣に荒々しく座った。机に叩きつけた鞄が大きな音を立て、周りのやつが何事かと見てくるけど睨みつけて黙らせる。
そして幸の方を向いた。
「なあ幸、歩マジで酷いんだけ──ど……」
髪型から、今日は人型イケメンモードだってのはわかった。けれどそれは、わかっただけで確定ではないらしい。
「……おはよ、ウサマル」
幸の左頬に貼られた、大きなガーゼ。隠しきれていない部分からは青い痣が覗き、笑った唇の端には血が固まった痕がある。
「お前、それ……誰にやられた?」
「ちょっと酔っぱらってミスっただけ。ウサマルも飲みすぎには気つけなあかんで」
聞いたことの答えになっていないのは、わざとなのか。
どう見たって誰かに殴られたとしか思えない痕を、自分のミスだと幸が笑う。
明らかにごまかそうとする幸を睨むと、苦笑いが返ってきた。
「ほんまにミスっただけやねんて。そんな怖い顔せんといて」
誰かにやられたことを肯定はしない。けれど否定もしない。そんな幸に、これ以上深く聞けるのは歩ぐらい無神経じゃないと無理だ。
「……わかった。もう聞かない」
そう言うと、幸は「ありがとう」と応える。けれど動かすと傷が痛むのか、指先で抑えて眉を寄せた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
905 / 1234