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人型モードの幸は大学が終わったら仕事に直行する。それは試験前でも変わらず、特に最近は早退きして帰ることが多い。
今日も例に漏れず最後の講義を抜け出し、早々と帰ってしまった赤イケメン。残された俺は、1人寂しく座るしかない。
小さめの講義室の窓際に座ると、前に座っていた男が振り返ってきた。なんだか見覚えがあるような気もするけれど、名前は出てこない。
「なんか用?」
振り返るということは、俺に何か言いたいことがあるんだろう。訊ねてみると明るい笑顔が返ってくる。
「兎丸さ、彼女とどうなった?」
「へ?」
「前に倦怠期だって話してただろ」
すっかり忘れていた存在。俺の倦怠期疑惑の発端になったやつだった。
それに曖昧に答えると、そいつは俺の返事なんか欲しくなかったかのように、自分の話を始める。
「俺別れたんだよ。やっぱり冷めたら無理ってか、喧嘩も増えたし。もういいやって思っちゃって」
お前が別れようが続いてようが興味はない。言えない言葉を「へえ」に込めて返すと、男は問答無用で話を続ける。
「そんでさー、合コンしたいんだけど来てくんない?」
「それって俺に聞いてる?」
「当たり前」
もちろん即答で断る。もうあんな場所に行きたくないし、今度また行ったら、リカちゃんが何をするかわからないからだ。
想像しただけで嫌な気持ちになっていると、前の席の男がため息をついた。
「やっぱり駄目か。兎丸が来てくれたら、幸も来ると思ったのに…!」
項垂れた男は顔を上げ、俺たちから離れたところにいる女の集団に向かって首を振った。まさか相手が同じ学部の子とは思ってなくて、少し驚く。
「兎丸も幸もガード固すぎだって。まあ兎丸は彼女いるし、そんな感じだから想像してたけど」
「そんな感じ……って、俺がいなくても幸なら頼めば来てくれるだろ」
無駄に空気を読みまくる幸のことだ。頼み込めば「仕方ないなあ」って言いそうな気もする。
それなのに男は渋い顔をして、顔の前で手を振った。
「全然。どんなに誘っても断られるし、あいつ飲み会だけじゃなく遊びも来ない。っつーか、女の子には連絡先すら教えてくれないらしい」
「は?え、なにそれ」
「意外過ぎるだろ?大学では仲良く話してるくせに、プライベートは完全シャットアウトだよ」
どこでも話しかけられ、どれだけ友達いてんだよって思うほど顔の広い幸。それとは別人とも思える男の話に、混乱してしまう。
「遊びの誘いも駄目、番号の交換も駄目。だから合コンをしてくれって頼まれたのに……」
ぶつぶつと文句を連ねる男に、少しだけ罪悪感を感じた。だから言い訳のようなことを口にしてしまう。
「俺が居るからって、幸が来るとは限らないし…別にいつも一緒ってわけでもないから」
「兎丸がいるなら絶対に来るだろ。だって、幸は兎丸にしか自分から話しかけないからな」
挨拶は別にして。そう男が付け加える。
「そうだっけ?」
知らないやつと楽しそうに話す幸を思い浮かべながら問いかけると、男は力強く頷いた。
「初めは兎丸が幸にくっ付いてんのかと思ってたけどさ、実は違うんだよな。幸って何考えてるかよくわかんねぇから、俺ちょっと苦手」
少し顔を顰めた男は「ここだけの話な」と言い足した。苦手なのに恋愛相談はするのかと、不思議に思う。
多分…幸とこいつは友達じゃないんだろう。
だから、俺を使って幸を呼び出すことに抵抗がないのかもしれない。
あまり好感を持てない相手との会話は苦痛だ。早く終わらせたいのに、男は話すことをやめない。もう話と言うよりは幸の愚痴のようなものだった。
いや、僻みかもしれない。
「自分からいかなくても向こうから来るっていいよな。俺も幸みたいにモテたい」
「やっぱり幸ってモテんの?」
「うちの学部じゃダントツだろ。でも、あいつに頼んだら間を取り持ってくれるからな。だから嫌われないんだよ」
合コンが無理だとわかった途端、前に座っていた男は必死さを消した。別に話すこともないなら、放っておいてほしいと思う俺は、本当に友達を作る気がないみたいだ。
だって、こいつと話してても楽しくない。
嫌いではないけど好きでもない。きっと名前を教えられても覚えない自信がある。
しばらくすると試験に向けての講義が始まった。これを抜け出した幸は大丈夫なのか、ちょっと心配だ。
仕方なく2人分のノートをとり、部屋を出る。帰りの挨拶を男と交わしたけれど、名前を聞くことはなかった。
向こうも俺の連絡先を聞いてこなかったから、こいつと俺は『友達』にはなれないみたいだ。
『友達』
俺にとっては簡単なようで難しいもの。
幸にとってのそれは、どんなものなんだろう。なんだか聞いちゃ駄目な気がするのは、どうしてだろう。
いつかそれを聞いてみたいけれど、今はそれどころじゃない。
マンションの下、日陰に座っていた鹿賀を見つける。どうせ一緒に住むなら、幸と一緒が良かったと思った。
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