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鹿賀を後ろに引き連れて家の中へと入る。リビングを素通りして寝室へ直行し、荷物を置いて時計を見ればリカちゃんが帰ってくるのは、まだ先だ。
もっと時間を潰せばよかったと思いつつも、一向に進まない課題の為に本を開く。けれど、やっぱり辞書を引きながらだと全然進まない。
ベッドで転がりながら格闘すること数十分。そういえば着替えてないことを思い出し、とりあえず着替えようかと本を閉じた。
そのタイミングで部屋の扉が開き、リカちゃんが早く帰って来れたのかと焦って顔を上げた。着替えもせずにベッドに寝転ぶなんて、怒られるに決まっている。
そろりと窺った先。そこにあるのは黒髪と黒い目でも、俺が求めていた人物とは違った。
「……なんだよ」
「第一声がそれって失礼すぎませんか?」
扉を開けたのはリカちゃんではなく鹿賀だった。一応ノックはしたんだけど、と言われても聞こえてなかったんだから仕方ない。
隠しきれない苛立ちを顔に出す俺に、鹿賀は表情を崩さず口を開く。
「言い忘れてたんですけど、先生今日は遅くなるらしくて夕飯は勝手に済ませてほしいそうです」
「なにそれ。俺聞いてないんだけど」
「メッセージ送ったって言ってましたよ。返事がないから僕に言ってきたんでしょうね」
鹿賀に言われてスマホを確認すると、リカちゃんからのメッセージを受信していた。ゲームをした後、鞄に入れたままですっかり忘れてしまっていたらしい。
ちゃんと届いていた連絡。見なかった俺に非があることはわかっている。
「あー……じゃあピザでもとるか…って、まだ早いな」
夕飯にしては少し早めの時間。まだ俺は腹が減っていないし、鹿賀も頷いたから時間を遅らせた方がいいような気もする。
「1時間後に注文する。お前って嫌いなものあんの?」
一応聞いてみると、鹿賀は顔を背けて何かを呟いた。全然聞こえないその声に、首を傾げる。
「──さい」
鹿賀が再度言ってくるけど、やっぱり声が小さすぎて聞こえない。
「聞こえないんだけど。はっきり喋れよ」
「だから……っ、………野菜が苦手です」
ようやく聞こえた声。言い辛そうに言った鹿賀は、俺と視線を合わせまいと、それを彷徨わせている。けれど、しばらくして観念した。
「できるだけ野菜が少ないものがいいです。先生の料理、味は悪くないけど野菜が多すぎる」
それは初めて鹿賀が身近に感じた瞬間だった。
いつも偉そうで、澄ましている鹿賀が俺と同じで野菜嫌いだと知り、嬉しくなる。それを単純だと言われたとしても、俺にとっては大きな事だ。
普段自分が偏食するなと注意されているから、仲間ができた気分に近い。
「わかる。リカちゃん意地になって食わせてくるもんな」
首を縦に降って同意すると、鹿賀はムッと唇を尖らせる。
「意地になって拒否する方もどうかと思いますけど」
「は?お前だって野菜嫌いなくせに」
「苦手なだけで、出されたら食べます。僕は子供じゃないんで」
前言撤回だ。やっぱり、こいつは味方なんかじゃない。
「あっそ。じゃあお前のは野菜だけのピザにしてやる」
「そういう嫌がらせするから、子供だって言われるんですよ」
「嫌がらせってことは、お前も俺と同じ野菜嫌いの子供じゃねぇかよ」
「…っ、だから。僕は嫌いなんじゃなくて、ちょっと苦手なだけです」
いつもはかぶせ気味で言い返してくる鹿賀が、今回ばかりは反応が遅い。勝ったとは言えなくても、互角に言い合えて嬉しい。
その嬉しさは、素直過ぎるぐらい顔に出ていたらしい。
「なんで笑ってるんですか。たかが苦手なものを知ったぐらいで」
いつもの嫌味も、今は効果が薄い。ただの甘噛みみたいに感じられた。
「いや、お前にも苦手なのとかあったんだなって。嫌味なロボットかと思ってたから」
俺の言葉に、鹿賀がわずかに動揺した。じっくり見なきゃわからない程度だけど、確かに笑った。
「ロボットみたいっていうのは、獅子原先生の方じゃないですかね」
「ああ、わかる。でもリカちゃんってロボットよりサイボーグっぽい」
「強すぎて均衡崩す感じです。こっちが時間かけて育てたキャラクターを、後から出てきて一撃で倒しちゃう空気読まないやつですね」
褒めているのか、貶しているのかわからない鹿賀の一言に、思わず声を上げて笑ってしまった。ハッとなって口を押さえたけれど、妙に静かになった部屋が気持ち悪い。
「……1時間後に注文ってことで」
変に盛り上がってしまったことに照れて、会話を終わらせようとした。それなのに、鹿賀は部屋を出て行こうとはせず、俺を見る。
その視線は俺の手元を凝視していた。
鹿賀にとっては低レベルだと鼻で笑われそうな本。俺にとっては精一杯すぎるほど読むのに苦労する本。
それを見て、口を開いた。
「それ──、僕でよければ訳すの手伝いましょうか?」
想像とは正反対の台詞に、飲み込めなかった息が喉に詰まり、激しく咽た。
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