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「そんなにバイトが忙しいのか?」
浮かんだ隈を指さして訊ねる俺に、幸は笑顔を絶やさない。まるで聞くなって言われている気分になるけれど、それを無視した。
じっと見つめること数秒。微笑みから苦笑に変えた幸が口を開く。
「ほら、ボーナスも出たしな。人気者は困んねん」
「本当に?嘘ついてない?」
「なんで俺がウサマルに嘘つく必要あるん?ほんまに寝不足なだけやって」
嘘をついているようには見えない。けど、何か違和感があって、それが何かはわからなかった。
自分の鞄からパソコンを取り出し、起動した幸が窓の外を見る。その後ろ髪が跳ねていて、直してやろうと手を伸ばした。
「──っ!」
咄嗟に払われた手。肌を打つ乾いた音が聞こえ、それを追ってじんじんと痺れる。
「わっ、悪い!!」
「いや俺も声かけなかったし…ってか焦りすぎだろ」
珍しく慌てる幸は、俺の手を掴んだ。払われたと言っても力は強くなくて、もう痛みもなければ赤くなっていることもない。
それなのに幸は泣きそうな顔で俺の手を見つめる。
「ごめんな。ほんま、ごめん」
「幸?」
「ウサマルやのに俺……」
こんな状態で何もないなんて思えるほど俺はバカじゃない。きっと幸は何か悩んでいる。そしてそれを言えないでいる。
これが拓海や歩なら強引に聞くこともできた。けど俺は幸について知らないことが多すぎる。
どうしたらいい?俺はどこまで聞いて、どこまで教えろって言ってもいいんだろう。まともに友達がいない俺には、それがわからない。
聞きたくて、でも聞けなくて開けては閉ざす口。手首を掴む幸はそこにいるのに、偽物かと思うぐらいにいつもの幸じゃない。
掴まれていた手首から、幸の手が動く。すっと滑ったそれは、俺の手の甲を柔く包んだ。
「俺なウサマルのことは、ほんまに大事な友達やと思ってる。ウサマルのおかげで大学がめっちゃ楽しくて、ここに来て良かったなって思ってんねん」
だから今のは間違い。そう続けた幸は俺の手を離し、机に肘をついて顔を伏せた。見た目は華やかで煩いくせに、今日の幸からは負のオーラしか感じない。
「なあ幸」
俺だって幸に秘密にしていることがある。リカちゃんは彼女じゃなく、彼氏なんだって言えていない負い目がある。
呼びかけると、俯いていた幸が顔を上げた。睫毛の影に隠れて寝不足の痕が覗く。
「来週末、お前ん家泊まりに行っていい?リカちゃんが仕事で帰ってこない日があって、俺あいつと家に2人になるんだよ」
「あいつ?ああ、バンビちゃんか。別にええけど、金曜の夜は仕事やで」
「土曜から行く。そんでさ……その時、話したいことがある」
聞きたいこともある。言わなかった一言を視線に込めると、気づいたのか気づかないのか、幸は瞼を閉じて小さく頷いた。
次に目を開けた時、そこにいたのは、いつもの蜂屋幸だった。タレ目の優しい目尻に綺麗な弧の描かれた唇。
それが「楽しみにしてる」と動く。
「前に幸の家に泊まった時は話どころじゃなかったしな。たまには熱く語るのも悪くないだろ?」
俺がそう言うと、幸は顔をくしゃっと歪めて笑う。
「せやな。あの時はウサマル、不細工な顔で泣きそうやったしな」
「泣きそうじゃなかった!!」
「嘘つけ。スマホ見ては泣きそうな顔して、唇噛んどったやん。黙って見守った俺めっちゃ男前やろ?」
気づいていたのに知らないフリをしてくれた幸は、本当に優しいと思う。そんな幸を悩ませているものが知りたい。
自分に余裕ができると他人に優しくなれるって聞いたことがあるけど、正しくそれだった。
けれど、その優しさは時に方向を間違ってしまうこともある。自分の気づかない間違いで誰かを、大切な人を傷つけることがある。
俺はまだ、そのことを知らない。
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