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「先生が僕に言ったんです。僕は他人だから触るな、名前を呼ぶなって」
「は?先生ってリカちゃんのことだよな?その話、俺は知らないんだけど」
「僕が夕飯を作った日ですよ。兎丸くんは寝室に居たから、知らなくて当然です」
鹿賀に言われて記憶を辿り、あの日のことか…と行き着く。確かあの夜はリカちゃんの機嫌が悪くて、俺は逃げるように早めに寝たような気がする。
リカちゃんと鹿賀がどんな話をしたのかは知らないけれど、鹿賀はタイミングが悪かっただけだろう。疲れて帰ってきたリカちゃんに、鹿賀が要らないことを言ってしまっただけ。そう思った。
「そんなの気にする必要ないと思う。確かにリカちゃんは潔癖なところあるけど……名前なんてみんなから呼ばれてるし。腕とか掴まれることもあるだろ」
実際、俺だって高校にいる時はよく見てきた。俺の知らない生徒の誰かがリカちゃんを呼ぶところも、リカちゃんを引っ張って行くところも嫌ほど見てきた。
今さらそれを鹿賀に咎めるのは、ちょっと変だ。きっと気にし過ぎだと指摘すれば、鹿賀は不服そうに首を振る。
「多分あれは、自分に対してだけじゃないと思うんです。僕がその場にいることを拒むような、そんな感じがしました」
「それこそ今さらだろ。お前もう何日居座ってると思ってんだよ」
夏休みまでの1ヶ月だけの約束から、3週間は経った。あと少しで出て行く鹿賀に、リカちゃんはわざわざそんなことを言ったりしない。
「あれじゃねぇの。お前が疲れてるリカちゃんに喧嘩吹っかけたとか」
「そんなことしません。兎丸くんじゃあるまいし」
「お前、本当に一言余計。じゃあ勘違いだな、はい終了」
ちょうど頼んだメニューが運ばれてきて、俺は強引に会話を終わらせる。だって、どう考えても鹿賀の勘違いで気のせいだからだ。
きっと、今頃リカちゃんは言ったことなんて忘れてるに決まっている。そんなのを悩むだけ無駄だと、鹿賀を一蹴して俺は箸を手に取った。
一口サイズに切り分けられた肉を掴み、口へ入れる。既製品っぽいソースは、リカちゃんが作るものとは全然違って、あんまり美味くない。
すっかりリカちゃんの味に慣れてしまった自分に苦笑しつつ、それを飲みこもうとした時だった。
「僕が兎丸くんを好きなこと、先生気づいてると思います」
「──?!……っ、ちょ、お前待て……は?!」
「だから触っちゃ駄目なのは兎丸くんで、呼ぶなって言われたのも兎丸くんの下の名前だった。他人の僕が、先生の兎丸くんに触るなって釘を刺されたんです」
「なんで、そこで俺が出てくんの?お前とリカちゃんの問題だろ?」
「だって先生は自分より兎丸くん優先じゃないですか。兎丸くんのこと以外で怒らないでしょ」
突然自分が話題に出されたら、人って焦るもんなんだと知った。
今の今まで、俺は自分は無関係で、リカちゃんと鹿賀の小さな揉め事なんだと呑気に思っていたのに。それなのに、どうやら鹿賀いわく、話の核は俺にあるらしい。
「俺を巻き込むなよ…お前は俺のこと好きじゃないに決まってるだろ」
「はい、好きじゃありません。バカな年上だとは思っているけど、そこに恋愛的な好意は皆無です」
「そこまで言い切られると腹立つけど。面倒なことになるよりはマシか……」
ただでさえ美味くない飯が冷めていく。もうこれは食べるのをやめて、帰ってきたリカちゃんに何か作ってもらった方が絶対に美味い。
そうしようと決めて、俺は視界の端に皿を追いやった。
「食べないんですか?」
黙々と食事を続ける鹿賀が首を傾げる。
「この状況で食べる気になんかなれるか。お前、リカちゃんの勘違いちゃんと解けよ」
「勘違い?」
「お前が俺を好きかもしれないって、ふざけた話のこと。それさえ解決すれば、何の問題も無くなるだろうが」
早く食えと手で訴えて窓の外を見る。もう下校時間はとっくに過ぎたからか、学生の姿はそこにはなかった。
俺の前に座る1人以外、どこにも見当たらない。
その1人は問題児すぎて、地味な外見をしているくせに存在感が溢れ返っている。もう何も喋るな、さっさと食べ終えて、リカちゃんの誤解を解いてくれ。
じゃないと俺の安眠が危うい……今この状況を見られたら、特にまずい。
もし鹿賀の話がこんな展開だと知っていたら、俺は鹿賀と会ったりしていなかった。間違っても、2人で飯なんて食べていなかった。
だってこの店は高校の近くで、俺が通学路に使ってた道なりにあって、ということはリカちゃんの通勤ルートでもあるわけで。
「──あ、あの車って……」
鹿賀が俺の後ろ、店から見える交差点を指さす。けど俺は絶対に振り返らない。
後ろ姿だけだったら、気づかれないかもしれない。
たとえ今日着ている服がリカちゃんと一緒に出掛けた時に買った服で、しかもリカちゃんが選んだ服だったとしてもだ。
来るな、来るなと願っても帰る場所は同じで、向かう方向はわかっている。
分厚いガラス越しに、絶対聞こえるはずのない車のエンジン音が届いてくる。最後まで顔を上げなかった俺だけど、それから少し経って見上げた先の鹿賀が浮かべる表情でわかった。
「先生って怒った時、どんな感じになりますか?」
困った顔して訊ねてくる鹿賀に答える。
「………リカちゃんは怒ったら笑うタイプ。すげぇ綺麗に笑って、その後に無表情」
完全にアウトですね、そう呟いた鹿賀と俺は同時に両手で顔を覆った。
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