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「遅い」
カチカチと規則的な音を立てて進む時計の針。それが何周も、何十周もして夕方を通り越し夜になった。いつもなら帰ってきているはずのリカちゃんの姿はなく、連絡も来ない。
仕事で遅くなっているのか、用事があるのか、誰かと会っているのか。そうだとしたら、誰とどこで、何をしているのか。一切の連絡がこなくてテーブルを殴るけれど、返ってきたのは鈍い痛みだけだった。
「今何時だと思ってやがるんだよ、あいつは俺を餓死させる気か?!」
「だから何か買いに行こうって言ったじゃないですか。なんで僕まで兎丸くんに付き合って夕飯抜きにならなきゃ駄目なのか…」
はあ、と見せつけるようにため息をついたのは鹿賀だ。
「俺の家なんだから当然だろ。なんで俺が我慢してお前だけ食うんだよ」
「本当、その言い分が理解できない。これに付き合える先生を尊敬しますよ」
余りにもストレートすぎる鹿賀の台詞にドキッとした。
もしリカちゃんが俺といることに疲れていて、離れられてラッキーだと思っていたらどうしよう。
明日は土曜日でせっかくの休みだし、1人で好きなことをしようって考えていたら……。
「いや、落ち込みすぎでしょ」
あからさまに気落ちした俺に鹿賀が言う。
「俺フラれんのかも…………いや、あいつは俺のことが好きすぎるし……けど帰ってこないってことは、しばらく距離をとろうってやつなのか?またか?またあの生活すんのか?!」
思い出すのは高校2年の冬。俺が進路で悩み、リカちゃんがワケわかんない事でぐだぐだ言っていたあの日々だ。
あれは俺の中で封印した記憶だった。悪い事ばかりではなかったけれど、もう2度と戻りたくない時間だ。
蘇る1人きりの生活。もう駄目なんじゃないかと不安になって、死ぬかと思うぐらい勉強していたあの頃。それを考えるだけで自然と青ざめ、口元を押さえて俯く。
とうとう机に突っ伏した俺に、鹿賀の声が聞こえる。
「この場合、どう考えても振るのは兎丸くんだと思うんですけど。なんで襲われた方が嫌われる心配してるのか、本当にわからない」
そんな声は俺には届かない。
もう気が気じゃなくて、今すぐリカちゃんに帰って来てほしいけど電話が繋がらない。電源が入っていないのか、それとも意図して入れていないのか……とにかくリカちゃんに連絡がつかない。
「なあ!リカちゃんって今日学校に来てた?」
ここでやっと鹿賀が高校生だったことを思い出し、勢いよく訊ねる。その返答は、とても呆れた目で返ってきた。
「知らないですよ。僕、今日は休みましたもん」
「お前、高校はちゃんと行けよ!!不登校に戻ってどうする!」
「昨日と態度違い過ぎでしょ。情緒不安定にも程がある」
ため息をついた鹿賀が立ち上がる。自分の鞄から財布を取り出し、俺に聞いてきた。
「夕飯買いに行ってきます。何がいいですか?」
「リカちゃんの作ったロールキャベツ」
「……サラダですね、わかりました」
嫌がらせとしか思えない台詞を落とし、鹿賀は部屋を出て行った。ガチャンと鍵の閉まる音がしたから、リカちゃんの鍵を使ったんだろう。
こんな状態で野菜なんか食ったら病気になる。そんなもの食べるぐらいなら、何も食べない方がマシだし、なんなら桃ちゃんに頼めばいい。
「──桃ちゃん!!!」
昨日は動揺して連絡できなかったオネェの桃ちゃん。いざという時は頼りになって、本当はリカちゃんより強引で、いつも優しいけど怒ると怖い桃ちゃん。
隣に住んでいて良かったと切実に思いながら玄関のチャイムを何度も押すと、少しして扉が開いた。
「桃ちゃん助けて!!リカちゃんが家出した!!!」
目の前に現れた人影にしがみつき、必死に訴える。するとその影は小さく揺れ、低い声で返してきた。
「痴話喧嘩に巻き込むなって俺言ったよな?お前は俺に恨みでもあんの?なあ、俺お前に何かしたか?」
答える隙もなく畳みかけてきたのは、優しい優しいオネェの桃ちゃんじゃなく、不機嫌さを隠そうともしない俺の友人……牛島歩だ。
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