アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
123
-
俺の隣に桃ちゃんが座り、テーブルを挟んだ向かいに歩が腰を下ろす。嫌そうな顔をしながらも、渋々といった感じでやってきた歩は、俺と桃ちゃんを軽く睨んで横を向いていた。
「で、どうしたの?」
そんな歩を無視して桃ちゃんが聞いてくる。いつもなら注意するはずの桃ちゃんが今日は少し変で気になるけど、俺にとってはリカちゃんのことの方が重要だ。
「リカちゃんが……家出した」
「──はぁ?」
「……はぁ」
口から出たのは同じ単語だけど意味が全く違う2人の反応。きょとんとした顔が桃ちゃんで、バカにした顔が歩だ。
鼻で笑った歩は俺の話を聞く気がないのか、そのままスマホを弄り始める。
「歩ちゃん」
これには桃ちゃんも声をかけるけど、歩本人は全く聞く耳をもたない。素早く指を動かしながら、画面を見つめている。
「ちゃんと話を聞いてあげなきゃ駄目でしょ」
「昨日ある程度は聞きましたもん。たった2日帰って来なくて家出になるんなら、世の中家出だらけじゃないすか」
「でも、あのリカよ?あのリカが2日も帰ってこないなんて」
「迷子じゃないすか。兄貴の方向音痴なら考えられる」
歩の言った通り、俺も少しだけ同じことを考えた。何かの用事で出かけて、その帰りにナビが壊れて帰って来れなくなったんじゃないか……知らない場所で困ってるんじゃないかと心配だってした。
だけど、だ。
「いや、それはないでしょ。いくらリカが極度の方向音痴だったとしても、あいつなら車乗り捨ててでもウサギちゃんの元へ帰ってくるわよ」
そう。桃ちゃんの言ったことは正しいと思う。
もし迷ったとしても人に聞いたり、タクシーを使ったりして帰ってくることはできる。それに何より変なのは、連絡がないことだった。
「どこで何してるのか、リカに聞いてみた?」
桃ちゃんに訊ねられて首を振る。繋がらないと言えば、桃ちゃんが口元を押さえて黙り込んだ。
俺も桃ちゃんも何も言えなくて、痛い静寂が続く。その間も歩はスマホを触っていて、本当に空気を読まないやつだと思った。
リカちゃんと人に優しくしろって言い合ったから尚更だ。
「っつーかさ」
そんな歩が口を開く。やっとスマホをテーブルへと置き、やっと俺を見た。
「お前、俺が言ったこと守った?」
「言ったこと?」
「あの不登校児と話したんだろ?それで兄貴と喧嘩したって昨日言ってたじゃねぇかよ」
確かに昨日、俺はリカちゃんと言い合って、それでリカちゃんが出て行ったことを歩に言った。俺の送ったメッセ―ジを歩は見事なまでに既読無視したくせに、覚えていたことに驚く。
だって歩は、自分の興味ないことは一瞬で忘れる男だからだ。
「読んだなら返事ぐらいしろよ」
小声で咎めると、地獄耳の歩はもちろん拾ってしまう。
「くだらないことに使う体力と時間が勿体ない」
「指動かすだけじゃねぇか」
「その指動かすことを途中で止めたのはお前だろ。俺がどれだけ我慢して……」
歩の台詞を遮るように桃ちゃんが咳払いをし、ジト目で歩を見た。2人が視線で会話しているのを見ると、少しだけ胸が痛い。
本当なら俺だってリカちゃんと一緒にいたはずなのに。休みの前の日は、いつもより遅くまで起きて話したり、触ったりしていたはずだった。
それなのに、あの家にいるのはリカちゃんじゃなく鹿賀だ。
両肩に見えない重石が乗り、身体がどんどん沈んでいく。俯くだけでは足りなくて、膝まで抱えそうな勢いだ。
どうしてリカちゃんは帰ってこないんだろう。その答えは少しだけわかっていて、多分当たってるんだと思う。
リカちゃんは俺に甘い。歩にも桃ちゃんにも甘いし、よっぽどのことがない限り怒らない。
そんなリカちゃんが甘くできない相手は1人、自分自身だ。そして怒る時は俺が何かされたり、大きな間違いをした時が多い。
今回はどちらも当てはまる。あんな事をしたリカちゃんが自分を許せないのは確実だ。
「その様子じゃお前、俺の言ったこと全く理解してねぇな。人の意見聞く気がないなら、相談なんかしてくんなよ」
容赦なく降り注ぐ歩の言葉。余計なことはするなって、リカちゃんを怒らせるなって言われていたのに、俺はその全てを無視した。鹿賀が可哀想に思えて少しだけ助けてやろうって思った。
自分勝手でわがままな俺が、友達でも何でもない鹿賀を助けてやろうとした。
「……俺の何が間違ってたんだよ」
俯いた先で唇を尖らせて愚痴を言う。すると頭上から聞こえたのは、歩の声だ。
「全部。お前が自発的に何かする時、それが正しかったことは滅多にない」
「でも……俺だって」
「でも、だって。それを言って何か意味あんの?」
今日の歩はいつにも増して冷たくて酷い。正面から向けられているであろう鋭い視線が怖くて、ますます顔が上げられなかった。
「ねぇ。とりあえず、あたしにもわかるように説明してくれないかしら?」
そんな中で、桃ちゃんの存在だけが俺の救いだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
940 / 1234