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にじり寄ってくるのが止まったとはいえ、桃ちゃんの機嫌が悪いことに変わりはない。その証拠に、歩の煙草を吸う桃太郎が隣から俺を凝視しているからだ。
こんな桃ちゃんを相手にできる歩は凄い。俺なら絶対に無理だし、自分の相手がリカちゃんで良かったと心から思う。桃ちゃんに比べれば、リカちゃんの方が安全だ。
視線をそらさず俺を見たまま桃ちゃんは煙草を吸い終えた。それから黙って立ち上がり、財布とスマホを持ってどこかへ行く支度を始める。
「豊のところに行ってくる。あいつならリカを匿ってるかもしれない」
「それって迷惑なんじゃ……」
規則正しい生活をしていそうな美馬さんだ。もう10時を過ぎた今から向かうと、寝てるのかもしれないと思って桃ちゃんを引き留める。すると桃ちゃんは、にっこりと笑って親指を立てた。
「大丈夫、寝てても叩き起こすまで」
それは絶対に大丈夫じゃない。そういうことをするから、桃ちゃんは美馬さんに怒られるんだってわかっているけど……わかっているんだけど。
「だからウサギちゃんはリカを待っててあげてね」
一言残して桃ちゃんは家を出て行った。残されたのは複雑な思いの俺と、黙ったままでいる歩だ。
チラリと横目で見た歩は、何を考えているのかわからない冷めた顔をしている。その手には、またスマホが握られていた。
「桃ちゃん、美馬さんに怒られないといいけど」
「怒られるに決まってんだろ。この時間にいきなり飛び込んできて騒がれたら、美馬さんじゃなくても怒る」
返ってこないと思っていた独り言に、予想外の返事がくる。もちろんそれは歩からで、驚いて見ると、意外にも目が合った。
「何?」
歩のその目からは感情が伝わってこない。
「いや、また無視されるかと思って」
「なんでも無視してたら会話になんねぇだろ、バカかお前」
その無視することと、しないことの境界線が俺にはわからない。送ったメッセージは流すくせに、独り言には返す。
「歩の頭の中ってわかんねぇ。リカちゃんもだけど、お前もわかりづらい」
「そうか?俺にはお前の考えてることの方が理解できないけどな」
煙草に手を伸ばした歩は、もう無くなってしまったことに気づいて箱を握り潰した。軽く舌打ちをしてそれをゴミ箱に放り投げると、手持ち無沙汰に取ったのはまたスマホだ。
画面を確認して指を動かす。一体何をしているのか、俺の据わっている場所からは見えなかった。
「俺もう寝る。どうせ桃さんはしばらく帰ってこないし、お前も家に戻れば?」
「え?!だって美馬さんの家にリカちゃんが」
玄関の方を顎で指され、思わず俺は歩を引き留めた。
「いるわけねぇだろ」
俺を一蹴した歩は寝室に向かっていく。同じ作りの部屋割りだから、それは間違いないだろう。
「兄貴は絶対に美馬さんの家にはいない。お前が桃さんを頼るなんてわかってんだから、行くわけない」
「じゃあリカちゃんは、今どこにいるんだよ?!」
俺は、何でも知ってますっていう歩の態度が気に入らなかった。だから声が荒くなってしまったけれど、それに関しては何も言われない。
寝室へと向かう足を止め、歩が振り返る。
「さあ?どこにいるかは俺もまだわかんねぇけど……間違いなく1人だろうな」
肩越しに俺を見る歩は薄く笑っていて、長い付き合いだからわかる。
歩は怒っている。俺に対して。
「だから言ってやっただろ、優しくする相手を間違えるなって。お前は不登校のやつに優しくして、兄貴に優しくしなかった。だから兄貴は今、1人でいる。いくらバカなお前でも、ここまで言ったらわかるよな?」
「違う。俺はそんなつもりじゃなかった!ただ……」
「頼りになるところを見せるって、今回は楽勝だって言ったのは慧、お前だろうが」
静かに閉ざされた寝室の扉。
桃ちゃんの家で1人で過ごすのは余計に寂しくて俺は自分の家へと戻った。リビングのソファには本を読む鹿賀の姿がある。
ダイニングテーブルには鹿賀が買ってきた俺の晩飯。それはサラダなんかじゃなく、野菜のあまり使われていない弁当だった。
「弁当、悪いけど明日食べる」
それだけを告げて寝室に籠った俺は、鳴らないスマホを手にベッドに潜り込む。閉じた瞼の裏で考えるのはリカちゃんに言われた、あの言葉だ。
『なんでその優しさは、俺には向かないんだろうね』
その意味を教えてくれる人は今日も帰ってこない。
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