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静止したその子が意を決したのか幸を見据える。さっきまでの弱気な瞳は消えて、意思の強い目をしていた。
「私は幸君のことが……」
「待って待って。ちょっとストップ」
告げようとした彼女の言葉は途中で遮られる。にっこりと笑った幸が両手を合わし、下から覗き込む形で彼女に謝った。
「俺、午前中に提出しなあかんレポートあんねん。今からウサマルに手伝ってもらって必死に終わらせるから、話があるなら後にしてくれへん?」
それだけ言うと幸は俺に向き直り、パソコンの画面を共有するように向けてきた。
思わず、そんなレポートなんてあったかと画面を見る。そこにはレポートなんて存在してなくて、あるのはネットニュースの一覧だけだ。
真剣な顔をして、全く関係のない記事を幸が指さす。俺は彼女と幸を見比べて、小さくため息をつくしかない。
やがて諦めた彼女は自分の席に戻り、やっと幸は無関係な画面を消した。その間、幸の表情は全く変わっていない。優しく微笑み続けている。
「なあ幸」
「ん?」
「さすがに、さっきのは可哀想じゃないか?あからさまに無視してんじゃん」
「無視なんてしてへんやん。後にしてねってお願いしただけ」
物は言いようだと思う。
後にしてと言いながら約束を交わさなかったのだから、幸はあの子の告白を聞くつもりはない。それに告白の仕切り直しなんて、あのおとなしそうな子にできるとは思えない。
「ささっと聞いて、適当に断ればいいのに」
面倒くさいと思いつつもそう言うと、幸は妙に楽しそうな顔をした。
「それがウサマルの断り方なん?」
「ごまかすなよ。どうせ断るなら、ここで断ればいいだろって言っただけだ」
みんな自分たちの話に夢中で、俺たちの会話なんて聞こえていない。そんな状態なのに、わざわざ遠回しに断ろうとする幸を俺は理解できないでいた。
嫌なら嫌って言えばいいだけだし、向こうだって断られることも想定しているはずだ。それなら早く済ませてやれよって思うのが普通だろう。
「ああいう言い方、生殺しって感じで俺は好きじゃない」
率直な感想を述べると、幸は困ったように眉を垂れる。
「断って泣かれたりしても困るし。他の子がそれ見たら、いい気せんやろ?」
「なにそれ。自分がモテるって言いたいのか?」
確かに幸はモテるし、幸のことを好きな子は多い。きっとこの部屋にも、さっきの子以外に何人かいて、今も幸を見ている子だっているだろう。
けれど、それが何だって話だ。優しい幸はどんな子にだって返事するし、傷つけたりしない。自分たちも話したいなら、話しかければいいだけのこと。
それを人の所為にするのは間違っている。
「自分ができないからって他人を妬むのは別だろ」
軽く睨む俺の背中を幸が叩く。
「いざ自分がその立場になると、そうは言ってられへんねんって。ウサマルやって誰かを妬んだり、羨ましく思ったりするやろ?」
「だからって俺は文句言ったりしない。自分の中で思うだけで、それを相手にぶつけるのは違う」
「それは彼女ちゃん相手にでも言えるか?彼女ちゃんがウサマルより他を優先しても、そうやって落ち着いて言える?」
幸の台詞に思わず身体が固まる。黙ってしまった俺に、幸は背中にあった手を外し、机に転がっていたペンをとった。
くるくる回しては止め、また回してを繰り返すその横顔は「俺はなんでも知っている」と言わんばかりに堂々としていた。
「俺、思うんやけどな」
手元を見たまま口を開いた幸の声は、それほど大きくはない。けど、なぜか印象的だった。
「人の地雷って何かわからんやん。俺にとっては小さなことでも、相手にとっては違うかもしらん。何がきっかけになるかなんて、人それぞれやし……ほんま、くだらんわ」
「きっかけって何の?」
訊ねると幸はペンを俺に突っ返し、パソコンを閉じて立ち上がった。
「眠たすぎて自分でも何言ってるかわからん。仮眠とってくるから、昼になったら起こして……あ、あと次の代弁よろしく」
「──はあ?!」
「ほんじゃまた学食でな。めっちゃええ席とったるから、楽しみにしとき」
ひらひらと手を振り、颯爽と部屋を出て行く。その背中を俺だけじゃなくさっきの子も見つめていて、咄嗟に追おうと立ち上がったけど、止めたのがわかった。
多分、あの子はもう幸に気持ちを告げない。告げないまま小さくなって消えるのを待つんだろう。
彼女が幸への気持ちを止めたきっかけは、幸の態度と言葉。俺にとっては少し冷たく感じただけのそれも、彼女にとっては大きなことだったのかもしれない。
こんな感じで、リカちゃんの態度が変になったのも、何かきっかけがあったんだろうか。
気づけば、またリカちゃんのことを考えている自分が少し嫌だった。今までなら、それを嫌だなんて感じなかったのに。
どうしてか今日は嫌だった。
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