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結局、幸は宣言通り午前のうちには戻ってこなかった。2限目が終わって電話した時には既に起きていて、本当に寝ていたのかはわからない。
食堂で待っていると言った幸の元へと向かう。昼時で込み合っていたとしても、その姿はすぐに見つかった。
後ろを向いている赤い後頭部と、それの向かいに座る金髪。もちろんその金髪の正体は歩で、俺に気づいた歩は手を上げたりはせず当然のように無視だ。
まだ気づかない幸と、気づいていても知らないふりをする歩に近づいて行く。やっと2人の声が聞こえるまでの距離に気て、俺の足は止まった。
「幸、ここ間違ってる」
「え?どこ?」
「2行目。ここで使うのは、その数式じゃない」
中央に置いた本を2人で眺め、歩が幸に間違いを指摘する。すると幸はすぐに気づき、淀みなくペンを動かした。
「こんな感じ?」
「ああ、それでいい。ってか、慧来たから続きは今度な」
ゆっくりと幸が振り返る。俺を映した茶色の目が弧を描き、口元が綻んだ。
「ウサマル、お勤めご苦労さん」
晴れ晴れしい笑顔に両手を広げて歓迎する幸。それを迷うことなくスルーした俺は、静かに手を上げた。
「お前マジで代弁させやがって。バレんじゃないかって焦ったんだからな!」
幸の頭を軽く叩き隣に座れば、すかさず小さな袋が出てきた。俺が来るまでに買っておいてくれたらしいパンが、その中には詰まっている。
「今日めっちゃ食堂多いやん?買いに行くん大変やと思ってパン用意しといた」
甘い菓子パンから総菜パンまで。たくさんの種類を机に並べ、好きな物を選ばせてくれる。そこから菓子パンを2つ選んだ俺に、歩の呆れた視線が降り注ぐ。
「お前またそんなの食うのかよ。ちょっとは身体のこと気にかけたら?」
「歩に言われたくない。それに、朝と夜はちゃんと食ってるから平気だし」
「はっ……相変わらず自立できてねぇのな。食ってるんじゃなく、食わしてもらってるくせに」
ここ最近、歩の機嫌は最高に悪い。それは試験が近いからだとは思うけれど、俺にとっては八つ当たりでしかない。
ムッとしつつ言い返そうと口を開くと、文句を吐く代わりに何かが入ってきた。
甘くて、でも香ばしくて大好きな味。メロンパンの味が口いっぱいに広がる。
「はいはい。今は喧嘩の時間やなくて昼ごはんの時間な。歩もいらんこと言う暇あるんなら、俺とウサマルの分のジュース買って来て」
「は?なんで俺が……」
「歩は先に食べ終わってるやろ?ついでに煙草吸ってきたらええやん」
幸が強引にパンを押し込んでくるから、何も言い返せない。ふごふごと意味のない音だけが出て、俺は目だけで歩に文句を言った。もちろんそれは通じただろうけど、歩が気にするわけない。
立ち上がった歩は何も言わずに出入り口へと向かって行く。鞄を置いたままってことは戻ってくるわけで、目的は煙草を吸うで間違いないだろう。
素直に従った歩に驚き、幸を横目で見た。
目が合った幸は軽く笑い、俺の口を押さえていたパンを外してくれる。
「ウサマル、短気は損気って意味わかる?ちょっとの強気は可愛いかもしれんけど、喧嘩っ早いのはアウトやで」
「俺が喧嘩っ早いんじゃなくて歩の性格が悪いだけだ」
「ほんま2人似てる。さっき歩も似たようなこと言ってたわ」
のんびりと自分の分のパンを千切り、幸はそれを俺に「食べる?」と訊ねてきた。その何気ない仕草でさえ絵になるから、イケメンはずるいと思う。
「歩、俺の悪口言ってたのか?」
俺も自分のパンを頬張り、幸に聞く。行儀が悪いと注意されたけど、気になることを先に言い出したのは幸だ。
「別に悪口ちゃう。歩は歩なりに、ウサマルたちのこと心配してるみたいやったで」
「俺たち?」
「ウサマルと、彼女のリカちゃん。なんか揉めてんねやろ?」
今朝、相談しようと思ってできなかった話。幸が出て行ったから言えなかった話をするタイミングがやってきた。
とは言えここは食堂だし、具体的なことは言えない。幸にまだリカちゃんの正体を言えていないから、どこまで言っていいかわからない。
余分なことを言ってしまわないか、意味の通じない話になってしまわないか。躊躇う俺に幸が残っていたパンを置き、頬杖をついた。
「言えること、言いたいことだけ言ってみ。俺のことはイケメン過ぎる銅像やと思って、好きなこと言ったらええよ」
「なにそれ。イケメン過ぎる銅像……って自分で言って虚しくないのか?」
「当たらずとも遠からずやろ?あ、この意味もわかるやんな?」
ニヤニヤしている顔のどこがイケメンなのか。けれど、幸みたいな目立つ銅像があったら、待ち合わせ場所にちょうどいいかもしれない。
「毛玉のくせに調子のんな」
得意げな顔をして隣に座っている幸を横目で睨めば、わざとらしく怯えたふりをされる。でも、その後は他の話を始めずに俺が言い出すのを待ってくれる。
言いたければ言いたいことだけを言えばいい。言いたくなければ言わなくていい。
自分のことは気にせずに俺の言いたいことを言いたい言葉で、好き勝手言えばいい。
そう言ってくれた幸に、自然と俺の口は開いていた。
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