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やけに元気な歩と揃って帰宅する。
終業式で午前中だけ学校があった鹿賀はどこかで時間を潰しているらしく、マンションの下にその姿はなかった。それに少し安心したけれど、そのうち帰ってくるのだから大して変わりはない。
「相変わらず気持ち悪いぐらい綺麗な部屋」
リビングに入っての歩の第一声はこれだった。以前、歩の部屋を見たからか、そう言うのも無理はないと思う。同じ血の流れた兄弟とは言っても、リカちゃんと歩は正反対だ。
「疲れた。慧、ビール」
「そんなのあるかよ。あるのは水とお茶と……後は牛乳とオレンジジュースぐらい」
「んじゃ水でいい」
そう言った歩はソファの真ん中に腰を下ろし、偉そうに足を組む。続いてすることと言えば煙草を吸うことで、俺が水を用意した時には既にテレビも点いていた。
リカちゃんは間違っても俺に何かを用意させない。自分の分は自分で、なんなら俺の分も一緒に用意してくれる。
こういうところが、リカちゃんにあって歩にない部分だ。
他人を気遣うとか歩からしたら意味のないことなのかもしれない。そんなことを思いながらコップに入れた水を目の前に置くと、やっぱり礼はなかった。
「それで問題児はいつ帰ってくんの?」
「問題児?ああ、鹿賀か。昼には終わるって言ってたはずなんだけどな……そのうち帰ってくるだろ」
返事をしてすぐに、歩がチッと舌をうつ。
「なんだよ。そんなに鹿賀に会いたかったのか?」
歩が誰かに興味をもつなんて珍しく、訊ねると今度は舌打ちどころか引い声で「このバカ」と責められた。
俺は意味がわからず首を捻るしかない。
「なんで俺にキレんの?」
「お前が帰ってくるなんて言うからだろ。この家の一員みたいな言い方してんじゃねぇよ」
「それは歩が先に言ったから……って、そんなこと別にどうでもいいだろ」
何が気に入らないのか、急に入ってしまった歩の不機嫌スイッチ。ここにリカちゃんがいれば助けてくれるのに、今は俺1人だけ。その全ての矛先が俺に向かっていて、嫌な気持ちになった。
俺の家なのに寛いでいるのは歩。観たいテレビを観ているのも歩。それが悔しくて、せめてテレビぐらいは自分の好きにしてやろうとリモコンに手を伸ばす。すかさず歩も手を出してきて、俺は咄嗟に身構えた。
歩に手を振り払われるんじゃないかと思ったからだ。
「なにビビッてんだよ。俺が用あんのは、こっち」
そう言った歩が手に取ったのは、テーブルに置いていたスマホだった。慣れた様子でそれを操作し、しばらくしてまた元に位置に戻す。するとすぐに震え、誰かから連絡があったようだ。
電話かと思ったそれはメッセージだったらしく、歩は確認しただけで返事はしなかった。
「返事、しなくていいのか?」
「別に。サークルの集まりに来ないかって誘われただけだから」
「……行けばいいのに」
サークルでも合コンでも、好きに行けばいい。今すぐここから出て行ってくれるなら、喜んで送り出す。
桃ちゃんには悪いけど、俺は知らないふりをしてやる。
けれど歩は行くつもりなんて最初からないらしく、返事を返そうとしない。
歩を追い出すのは俺には難易度が高すぎたみたいだ。こうなったら、鹿賀に今日は帰ってくるなと連絡した方が早い気がして、歩に気づかれないように隠れてメッセージを送る。
最近は鹿賀の嫌味には慣れたし、前ほど苛立つことがなくなったから忘れていたこと。返ってきた返事は俺の希望を裏切るものだ。
『しばらく帰ってくるなって何ですか?無理に決まってるでしょ』
それだけが告げられた返事に落胆して、諦めることにした。もう俺にできることは何もない。
鹿賀は俺の想像を遙かに超える生意気で屁理屈で、それでいて空気を読まないやつ。それをすっかり忘れてしまっていた俺は、玄関の扉が開く音が聞こえて顔を覆う。
テレビの音で足音は聞こえない。けれど確実に近づいてきている人物。廊下とリビングを隔てる扉が開かれた時、鹿賀と歩の戦いは始まる。
ガチャリとノブが回る音が聞こえ、外の生暖かい空気が入ってくる。
そして──。
「あれ、お前来てたんだ?」
聞こえたのは鹿賀の声ではなく、もう少し低めの声。振り返った先に見えるのは制服ではなくスーツ。
鹿賀じゃなかったと安心し、唯一この場を収めてくれるリカちゃんの登場に心から良かったと思った。たとえリカちゃんの様子が変だったとしても、鹿賀よりはマシだと……思ったのに。
「先生、早くしないとアイス溶けますよ」
「そんなにすぐには溶けないって」
「……少しでも溶けてたら、明日は2つ買ってもらいますから」
不満を言う鹿賀にリカちゃんが苦笑する。
「明日から夏休みだろ。おとなしく宿題してなさい」
「先生を待ってる間にほとんど終わらせました。早く終わるって言ったくせに、こんな時間になるなんて…」
昼までに終わるはずだった鹿賀が、夕方に帰ってきた理由。それがわかって気持ちが沈む。
その上リカちゃんの手にはコンビニの袋があり、極めつけは鹿賀の台詞だ。
2人で買い物に行ったのだと、それらが証明してくれていた。
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