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歩には敵わないと思ったのか、鹿賀は突っかかることをやめた。リビングには不穏な空気が流れ、肝心のリカちゃんは何をやっているのかとキッチンを見る。
するとそこには、換気扇の下に立ち煙草を燻らせている姿があって、俺の視線に気付いたリカちゃんが首を傾げた。
目配せで歩をなんとかしろと訴えると、リカちゃんが困ったように軽く笑う。
「歩、晩飯は?」
俺の願い通り、リカちゃんは歩に話しかけてくれた。鹿賀には威圧的な歩も、リカちゃんが相手となると違う。鋭かった視線を引っ込めていつもの歩に戻る。
「食うし今日ここに泊まる。あとさ、後でレポート纏めるの手伝え」
「なんで頼んでるくせに命令してんだよ。それに、俺がわかるとも限らないだろ」
そう言いながらも、リカちゃんは歩の分も用意するべく夕飯の準備を始めた。程なくして全員分が出来上がり、4人揃ってダイニングテーブルを囲む。その間、ずっと無言が続いたのは言うまでもないだろう。
俺の前にリカちゃんが座り、その隣に歩。そして俺の隣には鹿賀。異例のメンバーでの異様な雰囲気で始まった時間は長く、誰か喋れよと思ってしまう。
もちろん、その『誰か』とは歩でも鹿賀でも困るし、俺は何を言っていいのかわからないからリカちゃんだ。
テーブルの下でリカちゃんの足を突いて促すと、小さなため息をついてから口を開いた。
「鹿賀、法律関係のことなら俺じゃなく歩に聞けばいいよ。こいつバカそうな見た目してるけど、頭の中身は悪くないから」
その発言は完全に間違いだ。なぜこの場面でこの2人に、しかもそんな話を振るのか。
鹿賀が歩に聞くわけないし、歩が鹿賀に教えるわけない。その証拠に鹿賀は首を振って拒否し、歩は低い声で何か文句を言っている。
俺にはリカちゃんが何を考えているのか、全くわからない。それは歩も同じらしく、怪訝そうな顔をしてリカちゃんを見ていた。
鹿賀だけが何か言いたげにしていて、でも黙って箸を進める。そうして平和とは言えなかった食事が終わり、問題の時間がやってきた。
最も心配していた寝る場所の取り合いだ。
「え、嫌ですよ。どうして僕がこの人とリビングで寝なきゃ駄目なんですか?僕は1人でいつものように寝ます」
本気で嫌そうに顔を顰める鹿賀と。
「なんで年上の俺が床で寝るんだよ。空気読めよ登校拒否が」
言い返す言葉に遠慮の欠片も無い歩の攻防は終わらない。
「そもそも、先生の弟がここに泊まる必要なんてありますか?寝る場所がないんだから、家に帰ればいいのに」
「それをお前が言うか?人の迷惑を考えずに上がりこんで、何日も居座ってるくせに」
歩の言葉は、鹿賀がここに来た当初に俺が思っていたことを代弁しているようだった。俺が言えなかったことを簡単に言ってしまった歩は鼻を鳴らし、ソファにふんぞり返る。
タイミング悪くリカちゃんはシャワーを浴びていて、2人を止めるのは俺しかいない。けど、歩を宥めても無駄で、鹿賀に床で寝ろとも言えない。
もうリカちゃんが上がってくるのを待つしかなかった。
それ以外に出来ることがあるなら、教えて欲しいぐらいだ。
誰かを待っている時間は特別長く感じられて、俺は焦れに焦れて何度も廊下に続く扉を見た。
まるで閉じ込められたんじゃないかと思うほど、それは全く開く様子がない。
待っても待っても現れないリカちゃんを、それでも待つこと数分……目の前で繰り広げられていた無言の戦いが終わる。
「……わかりました」
勢いよく立ち上がった鹿賀は歩を見下ろす。その顔は険しく、強い眼差しで睨みつけていた。ほんの僅かだけ歩を見た鹿賀は鞄を乱暴に掴み、何も言わず歩き始める。
「鹿賀っ!待てって」
呼び止めた俺を、鹿賀が真っ直ぐに見つめる。
その向かう先にあるのは、リカちゃんの仕事部屋と風呂と玄関。鹿賀の目的がわかって止めようとした俺を制止したのは歩だ。
歩に握られた手首が痛くて、歩から漂ってくる空気はもっと痛い。そして鹿賀が俺を見る目も痛い。
俺を強い力で引き留めた歩は、鹿賀に向かってはっきりと言う。
「おい不登校児。お前さ、そうやって被害者ぶって兄貴に甘えてんじゃねぇよ」
「僕は別に甘えてなんて……ない」
「それ本気で言ってんの?だとしたら、お前が1番のバカだな」
振り解こうとした手は離れなくて、でも歩は俺を見ていない。鹿賀への言葉のはずなのに、どうしてだか自分が言われた気がして俺まで苦しくなる。
歩に何も言い返せない鹿賀が、再び俺を見た。けれどすぐに顔を背け、黙って玄関へと向かって行く。
結局、俺は鹿賀の名前を呼ぶことも、追いかけることもできなかった。何もできないまま鹿賀は部屋を出ていってしまう。
玄関扉の閉まる重たい音が聞こえ、少しして歩が俺の手を離した。握られたところに付いた指の跡が、どれだけ強い力だったかを知らせてくれる。
静かな部屋に今度は2人。ソファに寝転び、寛ぐ体勢をとったそいつを見下ろし、小さな声で問いかけた。
「お前、もしかして初めから鹿賀を追い出すつもりだったのか?」
俺を見上げた歩が緩く笑い、その唇が肯定の言葉を告げる。
「お前らはあいつに甘すぎる。俺は兄貴ほど優しくなんかないし、お前みたいに同情なんかしない」
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