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あまりにも平然と言われたから、つい反応が遅れる。何か言わなきゃと思った時には歩はすでにスマホを片手にソファに寝転んでいて、もう話すつもりがないことがわかった。
けれど、わかっていたとしても黙って納得する俺じゃない。
「歩、お前鹿賀のこと連れ戻しに行けよ」
ソファに横たわる身体を揺さぶり、起きるよう促して言う。すると歩は視線だけを俺に向けて瞬きをした。
「は?なんで?」
「お前が追い出したんだろ。こんな時間に追い出されて、あいつ行く所なくて困ってるだろうし」
いつもより遅い晩飯と、いつもより人数の多い風呂のせいで、時計の針はかなり遅い時間を指していた。夜中とまではいかないけれど、高校生が1人でフラフラしていい時間じゃない。
それなのに歩は起きようともせず、視線をスマホに戻して答える。
「それなら家に帰ればいいだけだろ。なんで俺があんなやつの心配しなきゃ駄目なわけ?」
「だからそれはっ……」
「っていうかさ、慧はなんであいつを庇ってんの?あいつが学校に行かなかった理由も、家に帰りたがらないかも全部知ってんの?」
歩だけが悪いわけじゃないって、俺にもわかっている。けど鹿賀は年下でまだ高校生で、でもって歩は俺の友達だから言いやすくて……いろんな理由があっての言動だった。
それなのに『鹿賀を庇っている』と言われるのは心外だ。
「別に庇ってるわけじゃない。俺は、あそこまで強く言わなくても良かっただろって言ってんだよ」
「なんで?先に突っかかってきたのはあいつだし、バカにしてきたのもあいつ」
「それはそうだけど……でも」
「でも?」
いつもと変わらない無気力な目がこちらを向いて訊ねてくる。
「でもの続きは?」
「──ここで放置したら可哀想だろ。鹿賀は1人ぼっちだし」
そう答えた瞬間、歩の目の色が変わった。はっきりと怒りを込めた目で俺を見て、舌をうつ。
チッという乾いた音が空気を裂いて、不機嫌さを露わにする。
「歩、お前なんで怒ってんの?」
何も悪いことを言っていないのに急に怒りだした歩に問いかける。すると歩は低い声で、ぼそぼそと何かを呟く。
「お前……ふざけんなよ」
「歩?」
「あいつが1人で可哀想?じゃあお前、兄貴が出て行った時なんで放置した?あの不登校児は引き留めて、兄貴は引き留めなかった理由は?」
歩は口が悪いけど、あんまり怒ったりしない。苛々して当たってくることはあっても、こうして本気で言い詰めたりしない。
初めて歩に語気荒く問いただされ、後ずさる。不意に指がスマホに触れてそこを見ると、誰かからのメッセージを受信していた。
咄嗟に、鹿賀かもしれないと思った。
出て行ったはいいものの、どうしたらいいかわからず連絡してきたんじゃないかって。もしかしたら、戻ってきたくて俺からの返事を待ってるんじゃないかって。
そう思って開いた先にあったのは、想像通り鹿賀の名前だった。
「慧。人の質問を無視してスマホ見てんじゃねぇよ」
「だって鹿賀からメッセージが」
「だから、なんであいつを優先してるんだって聞いてんだろ。お前、兄貴とあいつが仲良いって文句言ってたくせに自分のことを棚に上げんな」
違うって言い返しても無駄で、歩は俺の話を聞かない。歩と鹿賀の話をしていたはずなのに、いつの間にか自分が責められていて、しかも内容は意味のわからないことばかり。
悪くないと言い張る俺と、お前が悪いと言ってくる歩。その声はどんどん大きくなり、俺も歩も折れないでお互いに言い合う。
ただの悪口の浴びせ合いに変わって、収拾のつかない喧嘩は本来の内容からかけ離れて行った。
それでも止まれなくて、初めて歩と殴り合いになりそうだった。どちらかが腕を振り上げるのも、もう時間の問題かと思われた時だ。
「お前らさ、いくら隣が桃だからって時間を考えろよ。仕事の邪魔なんだけど」
廊下へ続く扉に凭れて立っていたのはリカちゃんだ。長すぎるシャワーだと思ったそれは、仕事をしていたらしく、髪はしっかりと乾かされて眼鏡をかけている。
強くスマホを握りしめて立つ俺と、前のめりになってソファに座る歩。俺たちを見比べたリカちゃんが苦笑し、肩を竦ませた。
「歩。鹿賀は?」
聞いたリカちゃんに歩は答えない。俺に言い返してきた時のように、食って掛かったりしない。
「歩」
今度はさっきより強めの口調で呼んだリカちゃんに、とうとう歩が口を開く。
「邪魔だから俺が追い出した」
ゆっくり歩に近づいたリカちゃんは、その隣に腰を下ろす。足を組んで考えること数秒……どんなきつい説教が始まるのかと見守る俺の前で、リカちゃんが歩の頭に手を置き、優しく撫でた。
「……なんで?なんで…なんでリカちゃんは歩を怒らないんだよ?!」
俺はそれに、どうしても納得がいかない。
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