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「じゃあ教えてよ」
ソファから立ち上がったリカちゃんが近づいてくる。その荒くもない歩き方が、静かに怒るリカを表していた。
「幸ならどうするって?お前は俺にどうしてほしい?」
「リカ、ちゃん……」
「人に優しくしろ。でも自分と一緒のようには扱うな、それを気づかせるな。それだけならまだしも、今度は他のやつと比べて、最終的にそっちが良いって何?」
目の前まで来たリカちゃんの手が伸びてくる。衝動的にそれを払うと乾いた音が響いて、さらに俺たちの間が険悪になってしまう。
勢いよく言い返されたなら、俺だって負けじと反発できた。売り言葉に買い言葉で、お互いの感情を爆発させることができた。
けどリカちゃんは、淡々と冷静に言葉を選んで話す。ちゃんと俺が喋れるよう待って、でも何も言わないから次を重ねる。
静かに重なっていくリカちゃんの言葉は正しくて、それでいて痛い。いつもは絶対に言わない心の内を、整理された言葉で伝えてくるから痛い。
そして怖い。
「手、赤くなってるね」
いつの間にか握りしめていた拳をリカちゃんが指さす。自分でも知らないうちに握っていたそれを開くと、手のひらには爪の痕がしっかりと付いていた。
こんな風になるまで全く気づかなかったなんて、どれだけ緊張していたんだろう。自分でもわからない。
「俺が怖い?」
訊ねてくるリカちゃんに答えられない。怖いけど怖くなくて、でも怖くて。それは殴られるんじゃないかという不安じゃなく、リカちゃんが何を考えているかわからないからだ。
幸になると言ったリカちゃん。それを拒絶した俺。
そして『幸なら』と比べてしまったのも俺。
俺が言った言葉は『幸の方がいい』という意味に捉えられたかもしれない。意味が違うって言いたいのに上手い言葉が出てこない。
だから、せめて気持ちだけは伝わってほしくて首を振った。小さな声で「違う」と言うしかできなかった。
「怖くて当然だよな」
けれど、それは伝わらなくて、リカちゃんは口元だけで笑う。自嘲したような笑い方に、このまま黙っていちゃ駄目だと、俺は乾いた唇を舐めた。
「怖くない」
言ったはいいものの、その後が続かない。
「嘘つき。拳握るぐらい緊張してるくせに」
「嘘じゃない、怖くない」
「じゃあ、なんで逃げんの?」
さっきよりも明らかに距離のある俺たち。それは、俺がリカちゃんから逃げた証拠だった。
「リカちゃんの言ってること……意味わかんない」
絞り出した俺の台詞に、リカちゃんは何も反応しない。
鹿賀に優しくしてやりたいって思う。可哀想だって思う。それのどこが悪いんだろうか。
いくら考えてもわからなくて、でも怒鳴っちゃ駄目だと痛む手を握りしめる。
「俺の何が駄目なんだよ。何が間違ってんの?」
「駄目だなんて言ってないだろ。ただ、目の前のことしか考えられないだけ」
「それはリカちゃんだろ?鹿賀の気持ちを無視して、ちゃんと向き合おうとしてないだろ!」
あくまでも落ち着いているリカちゃんに、先に爆発したのは俺だ。
怒鳴り声がリビングに響いて、寝室から歩が何かを落とした音が聞こえた。
「リカちゃんは無責任なんだよ!俺も鹿賀も、それに振り回されてばっかりだ!」
はっきりと言い切った俺をリカちゃんが見つめる。どれだけ凝視されても、今度は怖くなかった。
正面から真っすぐに向かい合った俺たちは、お互いに黙ったまま。どちらも視線をそらすことはなくて、我慢比べをしているみたいだ。
睨む俺と、それを平然と受け止めるリカちゃん。
いつもこうなったら折れるのはリカちゃんで、それは今回も変わらない。
「そうだな、慧君の言う通り、俺は無責任で他人の痛みに疎い。その他には?他にも言いたいことがあるなら、気にせず言いなよ」
手の痛みは全く感じない。それは緊張しているからじゃなくて、怒ってるから。
一気に爆発した怒りが溢れ出してしまいそうだ。
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