アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
151
-
「僕が学校に行けなくなった理由はいじめです」
唐突に始まった鹿賀の告白。それは俺の想像していたもののような、けれど実感のわかないものだった。
「始まりは本当にくだらないことでした。テスト勉強していないとか、宿題していないとか、本当に小さなことでした。実はしていたくせに、何もしなくてもできる自分になりたくて嘘をついて……それを隠すためにまた嘘をついて。どんどん、どんどん膨らんで」
ヒッ、と短い嗚咽を挟んで、まだ続く。
「仲間外れになりたくなかった。みんなが持ってる物は僕も持たなきゃ、みんなが知ってることは僕も知ってなきゃって必死になって……ゲームも、漫画も勉強も全部。全部みんな以上でいないと、僕は自信がなくて話もできない」
「そんなこと」
「途中までは上手くいってたんです。でも、次はもっと、その次はもっとってなって苦しくなった。必死に勉強して1番になって、でも勉強してないって嘘をついて。何かを買うのも、遊びに行くのにもお小遣いじゃ足りなくて。でも1番でいる為には勉強しなきゃ駄目だから、バイトなんてできないし……」
ちらりと鹿賀が俺を見る。その目はもう赤くなっていた。我慢していた涙が溢れて、ごまかす為に擦って、また赤くなる。
「だから僕は、母さんの財布からお金を盗りました。1回だけじゃなく何回も。それで怒られて、徐々にみんなにも付いていけなくなった。僕が自慢できるのは勉強だけになった」
初めて会った時、鹿賀は万引きをしようとしていた。そして今聞かされたのは、実際に人の物を盗んだ話。
何も言えない俺を見て、鹿賀は微かに笑う。
「でもね、僕は嘘をつくことに抵抗がないんです。知らないのに知ったふりをして……話を合わせるのなんて簡単なんです。みんな面白いぐらい、すぐに信じるんですよ」
俺の口から「鹿賀」と、名前だけが漏れる。それを聞いた鹿賀は口元を歪ませて笑い、けれどすぐに結んだ。
「みんなバカだなって調子に乗っていました。何も罪悪感なんてなくて、僕は上手くできてると思ってました」
「思ってました?」
「実際、そういうのってバレるんですよ。嘘の為に嘘をついて、またそれを隠す嘘をついて。何が本当か自分でもわからない……そんなの、絶対にボロが出る。気がついたら誰も僕に話しかけない」
「そんなこと起こるわけないだろ?だって、友達なのに」
「僕だってそう思ってた。友達だから愚痴を聞いて、友達だからそうだねって頷いて、友達だから何も否定しなかった。そうしたら、今度は違うやつの愚痴が始まって……最終的にどうなると思いますか?」
わからなくて首を振る。すると鹿賀の目から涙が零れた。
「僕は嘘ばっかりついて、仲良いふりして悪口を言いまわってる嫌なやつになりました。ただ否定しなかっただけなのに…実際に悪口を言っていたのは僕じゃないのに!!」
大きな声を出した鹿賀が肩を跳ねる。部屋の外にも漏れたんじゃないかと思うほど、鹿賀の叫びは悲痛だった。
鹿賀は聞いていただけ。頷いただけ。否定しなかっただけ。でもそれは『賛成』したことになる。否定しても肯定しても、どちらかに嫌われることになる。
「嫌われたくなくて嘘をついて、それを隠したくて嘘をついて。1人になりたくなかったから、みんなに良い顔をして……全部が中途半端で誰も信じてくれない。誰も話を聞いてくれない。結果、いじめが始まりました」
『兎丸くんにはわからないでしょう?』
最後にそう付け加えた鹿賀に俺は何も言えない。
だって俺の友達は歩と拓海、幸しかいないから。嫌われたくないって考えることも、誰かに良い顔をしたこともない。そんなことする必要がなかった。
だけど、嘘をついて、それを隠すために嘘をつく気持ちはわかる。
俺もリカちゃんに同じことをしたからだ。嘘で嘘を隠そうとしたからだ。自分の意地と見栄の為に、くだらない嘘をつき続けたからわかる。
首を振るか頷くか悩む俺に、鹿賀が教えてくれる。
「獅子原先生と初めて会った時、聞かれたんです」
「……何を?」
「どうして学校に来ないのかって。僕がいじめられていたことを知っているくせに友達欲しくないのかって。何も答えられなかった僕に、先生が約束してくれたんですけど何だと思いますか?」
「わ、かんない。そんなの、わかるわけねぇだろ」
「友達になってくれるって。これは約束だから僕が無理して合わす必要はないからって。約束で友達になれば、僕はできる自分にならなくていい。これを言ったら嫌われるって心配しなくていい。そんな友達になってくれるって」
「なんだよ、それ」
「不登校の生徒に言う、ありきたりな言葉ですよね。僕もそう思います。でも先生は僕に何かを強要しない。言いたくないことを無理には聞かない。約束での友達だから、僕がどんなやつでも気にしない……らしいです」
そんなのおかしいだろって言えなかった。
だってリカちゃんなら、頭のおかしなことを言っても不思議じゃない。
そしてそれを今も守っていても、全然不思議じゃない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
968 / 1234