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「なんだよ、そんな約束」
俺は鹿賀にそれしか言えなかった。そんな約束おかしいとか、そんな約束知らないとか、言いたいことはあったのに言えなかった。理由は自分でもわからない。
泣きながら苦笑した鹿賀の眉尻が垂れる。
「本当、どんな約束だよって話ですよね。そんなこと約束されても信じるわけないのに」
そう言った鹿賀に頷けない。だってリカちゃんは約束は守るから。絶対に無理だろうって思うことでも、約束したことは守る。
俺は今まで何度もそれを見てきた。だから何も反応しないでいると、鹿賀は言葉を続ける。
「けど先生は守ってくれた。先生らしくない話題にもついてきてくれた。友達の興味ある事だから当然だって、わざわざ調べてまで」
「それって……」
「初めの頃の話です。僕がまた学校に戻る前の話」
思い出すのは、山のように雑誌を買い込んでいたリカちゃんの姿だ。『あのクソガキ』だなんて言いながらも読みこんでいた本の束。
そう言えば、あの本は今どこにあるのだろう。
「信じられないなら試せばいい」
「そうリカちゃんが言ったのか?」
こくん、と鹿賀が頷く。その顔はもう涙が引いていて、少しだけ嬉しそうだった。
「学校に行ったって誰も話しかけてくれなかった。僕は嫌味で、悪口ばかりの根暗だってみんな思ってる。でも、先生だけは毎朝おはようって言ってくれて、帰りにまた明日って言ってくれる」
鹿賀の顔が本当に嬉しそうで、なんで喜べるんだろう。
リカちゃんがそうしたのは、鹿賀と約束したからだ。俺が「優しくしろ」って言った時のように、理由があるから……だからなのに。
「鹿賀は……お前はそれで悔しくないのか?友達なんて約束してなるものじゃないだろ」
訊ねた俺に鹿賀が首を振る。
「楽でした。だって、どこまで行っても先生は先生だから、嫌われるとか考えなくていい。それに、僕は先生が本当は優しいって気づいてましたから」
「なんで?」
「僕ね、家で何か無くなる度に疑われるんです。口に出さなくても、目が疑ってる。それが嫌で家にいたくなくて家出したのがあの日です」
鹿賀と再会した日に見た姿。不登校がバレて家に帰れないという理由。それは、鹿賀のついた嘘だ。
「先生は嘘だってすぐわかったと思うんです。でも僕を責めなかったし、嘘だろとも言いませんでしたよね?」
「……そんなの、いちいち覚えてねぇよ」
「自分でも屁理屈を言ってる自覚はあったんですよ。強引だとも思ったし、約束って脅したようなものだし」
最後の方で鹿賀の声が暗くなる。ああ、本当に思ってたんだなとわかるトーンに、黙って鹿賀の話を聞くことにした。
目線で先を促すと、鹿賀の目がまた潤む。
「僕が頼れるのは先生しかいない。先生もそれをわかってて、でも兎丸くんが一緒に住んでるから長くは無理。だから夏休みまで住まわせてもらって、その間に先生が母さんを説得してくれました」
「じゃあお前が夏休み過ぎても家にいるのって……」
「うちの母さん、僕と同じで人を信用しないんです。それに先生みたいな外見の人に慣れてないから。すごい警戒されるってぼやいてました」
鹿賀が浮かべたのは硬い笑顔だった。けれど、それは苦笑いとは全然違って苦しくならない笑い顔だ。
「なんで俺にそんな話すんの?確かにリカちゃんと喧嘩してるけど…別にそこまで話さなくてもいいだろ」
疑問に思ったことを鹿賀に訊ねる。すると鹿賀は、真剣な顔を向けてきた。
「僕は兎丸くんと仲良くなりたい。でも自分からこのことは話せないし、かと言って隠し通せるとも思わない。だから先生に頼んだんです」
「頼んだ?何を?」
「先生から言ってくださいって。そうしたら、それは絶対にできないって断られました。その後2人が喧嘩して……だから、きっと僕が原因なんだろうなと思って」
初めから言ってくれればと思う。鹿賀の言う通り、リカちゃんが教えてくれれば、とも思う。
けど、きっとリカちゃんは鹿賀の秘密を簡単には口にしない。相手が俺でも告げ口のようなことは絶対にしない。
このことにモヤモヤする気持ちの正体を俺は知ってる。これは嫉妬なんだって、自分でわかってる。
嫌いだった鹿賀を見直して、可哀想だとも思った。そして今は嫉妬してる。
こんなこと考えるなんて、身勝手だ。
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