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俺の中の幸は誰とでも話ができて、みんなに好かれていて、誰かを嫌うことも誰かに嫌われることもないやつ。けれどそれは、実際に目の前にいる幸とは全然違う。
がっかりさせてごめんと謝る声に、見損なったかと訊ねてくる声。どっちも同じはずなのに、全く別のものに聞こえてくるから不思議だ。
容易に知りたがった自分を後悔した。まさかこんな話だなんて思わなくて、聞かされても受け止めきれない。聞かなかったら良かったとさえ思ってしまう。
けれど、聞いてしまったものはなかった事にはできない。
「幸は悪くない、だろ?」
思わず質問するような感じになって、焦る。悪くないって言ってやりたかったのに、それが正しいのかわからない。わからなくて、また幸に答えを求めてしまった。
もちろん幸はそれを否定する。
「誰が悪いとか、悪くないとかは関係ない。あの時ああしてればって考えても、起こってもたもんは変わらへん。でも、俺はそれを何回も繰り返した。場所を変えて、自分も変わったつもりでも同じことをした。それだけ」
「でも幸はっ、幸は……幸は悪くない。幸は優しくて、いつも俺の話を聞いてくれて、味方でいてくれる。俺はそんな幸を悪いなんて思えない」
今までの全部は幸の周りが勝手にしただけ。勝手に揉めて、勝手に逃げたやつらに幸が罪悪感を抱く必要なんてない。
だから幸は悪くない。悪くないんだってまた伝える。でも、幸は首を縦に振らなかった。
「俺は優しくなんかない。みんな同じように接してれば問題は起きへん、好きも嫌いも作らんと過ごせば自分が困らんで済む。自分のことしか考えてへん」
「そんなことない!俺は幸がいてくれて助かってる!!」
「それは俺がそうなるように仕向けたからやろ」
「仕向けたって……なんでそんなこと言うんだよ?!」
今までの数ヶ月を否定した幸に食って掛かる。テーブルを挟んで幸の腕を掴み、前後に揺すった。
見た目よりしっかりとしていた身体は、その動きに合わせて揺れる。幸の意思なんてなく、ただ、揺れるだけだ。
「なんで?だって俺は自分の意思で……」
「俺がウサマルと仲良くしよう思ったんは、ウサマルが目立つから。ウサマルの傍におれば、俺へ向かってくる視線も減るし、歩もいてたらそれは余計に効果的やろ?それに」
「それに?」
「ウサマルは付き合ってるやつを俺に紹介せぇへんことがわかってたから。紹介できへんって知ってたから、だから丁度良かった。ウサマルと一緒におったんは、自分に好都合やっただけや」
自分の腕から俺の手を外した幸が顔を上げる。緩んだ唇が僅かに開いていて、笑っているように見えた。
頭では酷いことを言われてるってわかっている。効果的なんて言葉、どう考えても利用されてたってわかっているのに、それでも俺は幸がまだ優しくていいやつだって信じていた。
信じているから目を背けずに、続きを待つ。
「ウサマルの彼女……いや、彼女やなくて彼氏。リカちゃんは男なんやろ?」
「……なんで。いつの間に?」
いつ気づいたのか問いただす俺を幸が指さす。リカちゃんと喧嘩しても外せなかった指輪を、今も左薬指にある指輪を指して、言う。
「指輪と態度。辻褄の合わん話に、やたらと内情を知ってる歩。タイミング良く現れた歩の兄ちゃんとウサマル見て、気づかん方がどうかしてるで」
幸の指先が指輪の表面をなぞる。直接肌に触れていないのにゾッとして、思わず引いた手。それは簡単に捕まって、引き寄せられた身体が、ふわりと浮いた。
強引に押し退けたテーブルから皿が落ち、マットの上をソースが汚す。
ぐしゃりと何かが踏まれた音が聞こえ、目の前に赤い色が一杯に映った。
さっき空と相まって見えた綺麗な赤が、俺の視界を遮り近づいてくる。
吐息の触れる位置まで顔を寄せた幸の唇が微かに震え、冷たい声が落とされる。
「付き合ってる男と喧嘩して、別の男のとこに転がりこむって……そういう意味やんな?」
「な……に?」
「今まで何回もウサマルだけが特別って言ってきたのに。もう友達も好きなやつも作らんって決めてた俺が、誰が見てもわかるぐらい特別扱いしてる意味わかる?」
言われた言葉の意味とこの状況。それでもわかりたくなくて首を振れば、横顔に温かいものが触れる。半袖のTシャツから出た幸の腕だ。
励ます為に俺の頭を撫でてくれた手が、今度は頬に宛がわれる。
「嘘つく悪い子にはお仕置きやな、慧」
『見えてるものだけを信じちゃいけない』
全部。全部がリカちゃんの言う通りになる。
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