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あまりにも悩み続ける俺の背中を幸が叩く。
「ウサマル暗すぎ!歩は、ウサマルにやり過ぎやって言いたかったんちゃうかなぁ。俺と違って2人共を知ってる分、歯痒いんは倍やろうし」
「それにしても言い方があるだろ。あいつ、俺に厳しすぎると思う」
「厳しいんは、それだけわかってほしいから。ほんまに何も思ってなかったら、歩は怒ったりせぇへんって。あいつ究極の面倒くさがりやから」
俺よりもたくさん勉強して、奨学生でいる為に色々と忙しくて、その上バイトもしている歩。残された少ない時間を、ここ最近は俺に使ってくれていた。鹿賀の相談に乗ってくれたり、愚痴を聞いてくれたりもしていた。
歩は気に入らないやつを、わざわざ自分から攻撃したりしない。俺と違って無視して流せるやつだ。
「俺、歩が鹿賀のこと嫌いだから喧嘩腰なんだと思ってた」
「え?嫌いやろ。歩は言わんくてもわかってくださいタイプは大嫌いや。でも、そういうタイプに好かれるんが歩やけどな」
意地の悪い笑みを浮かべた後、周囲を見回した幸がため息をつく。
「ウサマル驚かす為にしたとはいえ、さすがにこれはなぁ……」
散らかった食べかけのお好み焼きや、倒れたコップ。この汚れを掃除するのは、なかなか大変そうで俺も憂鬱な気持ちになった。こんなものを自分から進んで掃除するのは、リカちゃんぐらいだ。
片付けることを諦めたらしい幸が立ち上がり、全て一纏めにしてしまう。敷いてあったラグで皿やコップを包み、それを大きなゴミ袋に入れて封を閉じた。
「それ、どこに捨てんの?分別とかしなきゃ駄目だろ」
サンタクロースのようにゴミ袋を背負う幸に訊ねる。
「これはバイト先で捨ててもらう。こうしてたら触っても怪我せんやろうし、業者雇ってるから分別にも煩くないしな」
ずしりと重たい袋を玄関へと持って行った幸は、戻ってきてすぐにシャワーを浴びるよう勧めてきた。着替えがないことを告げると、新品の下着と部屋着を貸してくれるらしい。
聞けば、こういうのは客からのプレゼントでよく貰い、あまり使わないそうだ。
拓海の家と違って来客用の布団などなく、ラグマットのなくなった床に厚めの掛け布団を敷いて寝転ぶ。それでも硬いフローリングの質感が痛くて、何度も寝返りをうっていると、こちらを見ていた幸と目が合った。
「寝られへんなら遊び行く?夜の街には詳しいで」
整った顔をしているくせに、ヨレヨレのジャージを着ている幸。半乾きの髪は、朝には絶対に悲惨なことになるはずだ。
同じ系統の顔をしていても、リカちゃんならそんなことはしない。寝る時だって綺麗な服を着て、ちゃんと髪を乾かして眠る。
「……幸といると楽だけど、やっぱりリカちゃんの方がいい」
「おい。人の質問に答えんと何失礼なこと言ってんねん」
「俺なんでリカちゃんと幸を比べたのか、わかんない」
こんなこと今までならなかった。たとえ比べたとしても、それをリカちゃんに押しつけることなんてなかったのに。
それなのに、どうして幸だけは違うのかわからなくて、思ったままに疑問を口にする。そうすると幸は組んだ腕を枕にして、呑気な声で答えてくれた。
「それはな、ウサマルが俺の中にリカちゃんを見てるからやろ。ウサマルが感じる共通点があって、俺にリカちゃんを重ねてるんやと思うで」
「ちょっと意味がわかんない。幸にリカちゃんを重ねてる?リカちゃんに幸をじゃなくて?」
自分が考えていることを人に訊ねるなんて、無意味だと思う。そんなことを聞かれたって、いくら幸でも答えられないだろう。
それなのに、その唇は淀むことなく言葉を紡ぐ。
「俺ができるんやからリカちゃんもできる。そんな感じのこと、思わんかった?」
「え……なんで、なんでわかった?」
「ウサマルの中でリカちゃんは絶対やねん。それに似てると思った俺ができて、リカちゃんができへんわけない。だから、俺みたいにしろって言ったんちゃう?」
失礼な話だけど、本当に自分でも驚くほど幸の一言は胸に落ちた。つっかえていた物がなくなり、妙に晴れやかな気持ちになる。
「俺にとってリカちゃんは絶対……だから何でもできるし、何でもできなきゃ許せない」
幸ができるなら、リカちゃんもできて当然。あまりにも勝手すぎる言い分だけど、否定はできない。
それどころか、その通りだと思えてしまう。それがリカちゃんなんだって、そんなことを考えてしまう。
「ワガママなウサマルらしいけどな。まあ、相手もそれを喜んでるんやから、お似合いやと思うで」
くるっと壁の方へと向きなおした幸が、後ろ手で充電器を渡してくれる。幸は充電しなくて大丈夫なのかと聞くと、仕事用のさえあれば平気だと返された。
「さっきから鳴りまくって煩いねん。早く寝かせろとか、風邪ひかしたら許さへんとか、同じ布団では絶対に寝るなとか、慧君は朝食に時間がかかるから早めに起こせとか……あの人、恋人でおかんでマネージャーなん?こんなん電源切りたくなる」
そのどれもが誰からの言葉なのか、聞かなくてもわかる。無駄に世話焼きで、無駄に心配性で無駄に神経質なリカちゃんらしい言葉だ。
あんなに怒っていたはずで、意味がわからないと不満だらけだったのに。リカちゃんから送られてくる内容の1つ1つに、無意識に喜んでしまう自分がいた。
それはきっと幸のおかげなんだと思う。話を聞いてくれて、良い具合に力を抜けさせてくれる幸のおかげ。
やっぱり俺も幸の力になりたい。幸を、なんとかしてやりたい。けど、きっと俺じゃ力不足だ。だから……。
「幸、今度は俺の家に来いよ。リカちゃんも幸と同じで本読むの好きだし、現役教師だから色々と役立つし」
俺の誘いは幸のトラウマを抉るんだろう。それで友達と高校生活を失い、留年までして逃げた幸を傷つけるのかもしれない。それでも俺は、幸は幸であってほしい。
そして多分。
「リカちゃんなら、大丈夫だから」
リカちゃんなら幸の傷もわかってくれる。俺には言えないようなアドバイスをして、俺には見えない優しさを与えてくれる。
幸からの返事は返ってこなかった。でも、なんとなく伝わった気がして、目を閉じる。
すごく。すごく、──リカちゃんに会いたい。
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