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「あ、家出少年見つけた」
棚の影に隠れている人影に声をかけると、その小さな肩がピクンと跳ねる。恐る恐る振り返った黒い目が俺を写し、嫌そうに細まった。
少しばかり外見は変わっていても、鹿賀の反応は何も変わらない。生意気なくせに臆病で、そして本当は気が弱い。
「なんだ、獅子原先生か……」
「なんだって失礼すぎるだろ。わざわざ人気のない本屋の、それまた人気のない専門書のコーナーに呼び出しておいて」
気まずそうに視線をそらした鹿賀が、何かを見つけて身を潜める。その身体を寄せてきた時、鹿賀の体温と匂いを感じて俺は足を退いた。
すると見えづらかった視界が広がり、鹿賀の見つけたものが何かわかった。
「ああ、あいつらか」
楽しそうに笑う高校生のグループ。数人が集まったそれは、うちの学校の生徒だ。
そして鹿賀の元クラスメイトで、不登校の原因でもある。
「鹿賀……お前まだ逃げてんの?」
「逃げてなんかないです。僕は、無駄な争いを避けたいだけです」
「争いって。お前が一方的に非難されるだけだろ。言い返せないことを良く言えば、そうなるのかもね」
言い返して、すぐ近くにあった本を手に取る。タイトルも表紙も、全く興味の引かれないそれを眺めていると、手の中からそれが消えた。
代わりに現れたのは、俺を咎める鹿賀の視線だ。
「先生が甘いのも優しいのも、兎丸君にだけだってわかってます。だけど、その言い方は冷たすぎませんか?」
「それがわかってるなら早く慧君を返して。俺がお前の隠し事に付き合えば付き合うほど、慧君の苛々が酷くなるんだから」
俺の言葉に鹿賀は唇を噛む。そして小さな声で言い返してきた。
「……全部、話しましたよ。僕が学校に行かなくなった理由も、先生が言ったことも」
「ああ、そうなんだ。それはおめでとう」
「そんなこと言ってる場合ですか?兎丸君、今日も家に帰らないのに。このまま別れちゃっても先生は平気なんですか?」
「平気じゃないね。だからこうしてお前の呼び出しに応じて、お前の話を聞いてやってるんだよ。俺はお前の為じゃなく、自分の為に動いてんの」
レジに立つ店員の声が聞こえ、鹿賀が俺の背後に隠れる。布地越しに触れられたのがわかり、その手を解いた。
できるだけ丁寧に、優しく、それでいてはっきりと拒絶の意を込めて鹿賀から距離をとる。
「悪いけど、今の俺は禁断症状出てるから。慧以外に触られると気持ち悪くなる」
「……なんですか、それ。その発言の方が気持ち悪いですよ」
皮肉を言いながらも離れた鹿賀の左手には、鹿賀らしくない雑誌があった。それを凝視する俺の視線に気付いた鹿賀が、背後に隠す。
「べ、別に。ちょっと興味があっただけです」
「何も言ってないんだけど。というか、いくら俺でも、お前の髪色が変わってることぐらい気付いてるよ」
「気付いてるなら何か言ってくださいよ!」
「なんで?別に鹿賀の髪が黒だろうと茶色だろうと、それこそ白でも構わないんだけど。まあ、その服は攻めてるなとは思うかな」
飛び出していったかと思えば、慧に従って鳥飼の家に泊まり、その鳥飼に懐いたらしいと聞けば外見が変わる。
黒かった髪は明るめの茶色で、着ている服は鹿賀が選んだ物とは思えない、とても派手なデザイン。
誰がそれを勧めたかなんて、一目瞭然だ。
「鳥飼に選んでもらったんだろ」
それ以外考えられなくて言葉にすると、鹿賀が頷く。
「自分を変えたいなら、まずは見た目から変わればいいって拓海君が言ったから。そんなことあるはずないって思ったけど、でも不思議と変われる気がします」
「偉く単純だな。学校一の秀才がバカ代表の鳥飼に懐くなんて、教頭が知ったら卒倒するかもな」
ムッと寄った鹿賀の眉は、鳥飼をバカにしたと勘違いしたことに因るものだろう。それだけで表情を崩し感情を露わにするなんて、鹿賀は本当に変わった。
それは全部、慧の不器用な優しさのおかげ……かもしれない。
「で、遅めの高校デビューを果たした鹿賀君の話って何?お前の友達自慢を聞いてる時間はないんだけど」
「友達?」
「お前の為に怒ってくれて、お前を変えようとしてくれる。そんな慧と鳥飼を友達と思えないなんて、お前の性格どうかしてるよ」
見えないことに戸惑いながらも自分なりの答えを見つけて、けれど自信がなくて認めてほしい。肯定する言葉を欲して、それを視線でねだってくる。
戸惑う鹿賀に苦笑しつつも、口が勝手に動いてしまう。
「あの2人なら、そのままの鹿賀を受け入れてくれる。無理に嘘をつかず、変にどちらかの味方をしなくていい。ちょっと頼りないかもしれないけど、年下らしく甘えてあげな。きっと嬉しそうに笑うから」
鹿賀の持つ雑誌に皺が寄り、俺はそれを奪い取った。
「頑張ったご褒美に買ってあげる。これで俺とお前の約束も終わりな」
「先生……」
「お前を泣かせると、俺が慧君に怒られるから困る。うちの子、友達思いで優しいけど俺にはすごく厳しいんだよ」
──でも、そういうところも好き。
続けて言うと、涙を堪えた鹿賀が「言われなくても知っています」と笑った。それは初めて見る穏やかな笑顔で、初めて鹿賀のことを可愛げがあると思えたかもしれない。
勿論、慧君とは雲泥の差だけど。余計な言葉を胸にしまってレジへと向かえば、背後から鼻を啜る音が聞こえた。
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