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欠伸をしながら上った階段に、拓海と歩の3人で並んで歩いた廊下。教室から遠くて、行くのが嫌いだった音楽室も、3年間で1度も入ることのなかった放送室も。
全部が真っ暗。暗闇だ。
俺は今、真っ暗な廊下を歩いている。先にシャワーを浴び、リカちゃんのジャージに着替えて、夜の学校を見回っている……んだけど。
「リッ……リカちゃん、ちょっと歩くの早いって!」
「そう言っても慧君。この階を見回るのに何分かかってると思ってんの?」
「だって歩きづらいし、それに暗いし……って何か踏んだ!!今、絶対に何か踏んだっ!」
柔らかい何かの感触を感じ、その場に蹲る。すると少し前を歩いていたリカちゃんが戻ってきて、持っていた懐中電灯で俺を照らした。
「……慧君、踏んだのはジャージの裾。だから折れって言ってやったのに……ほら、立って。これ持ってて」
俺を立たせたリカちゃんは懐中電灯を渡してきて、その場に膝まづいた。何をするのか明かりを向けると、俺が踏んでいた裾を器用に折り返す。
「これで大丈夫。身長差があるんだから、そのままの長さで履けるわけないだろ」
「うっせぇ。俺だってすぐにお前ぐらい背が伸びる」
「もう止まってるくせに。さ、続き行くよ」
立ち上がったリカちゃんは、スタスタと迷うことなく進む。明かりを持ってるのは俺なのに、真っ暗な道でも立ち止まったりはしない。
「慧君、暗くて見えないから早く」
「わ、わかってる……けど」
非常灯がある場所はまだいい。少しだけ周りが見えて安心できるからいい。問題は、それ以外だ。
この小さな光だけじゃ心細くて、なんとか全体を明るくできないかと懐中電灯を振ってみた。
それを見たリカちゃんが、暗闇の中でため息をつく。
「慧、ここはライブ会場じゃないし、それは懐中電灯だから」
「だって……」
「門にも玄関にも鍵かけてあるんだから、誰も入って来れないって」
それなら見回りなんて必要ねぇだろって言ってやりたい。講習を受ける生徒は、みんな体育館で寝ているらしく、校舎の見回りなんて絶対いらないだろって言ってやりたい。
けれど、これもリカちゃんの仕事だし、俺がワガママを言って残ったんだから諦めるしかない。
とりあえず上から順番に回ろうと言ったリカちゃんの後ろをついて行く。今度は遅れないよう、リカちゃんの肘の辺りをしっかりと掴み必死に前へと進む。
けれど。
「リカちゃん、リカちゃん。もうよくない?鍵かけたなら見回りなんてよくない?」
「慧君。念には念を入れよってことわざがあるだろ?」
「でも明日は明日の風が吹くって言うし」
「なんで、こういう時だけ頭良くなんの?お前いつもはバカなふりしてるのか?」
確実にバカにされたとわかって、尻を抓んでやった。短く「痛っ」と唸ったリカちゃんが、恨めしい視線を向けてくる。
「お化けは怖がるくせに、俺には強く出るよな……」
「怖くない。俺は怖いから言ってるんじゃなく、無駄な体力を使いたくないだけだ!」
はいはい、と軽く流したリカちゃんに促されて進んだ先。そこにあるのは、黒い穴だ……いや、ただのトイレの入口だけど。
「さ、まずはここかな」
「リカちゃん、マジで言ってんの?」
真っ暗なトイレの中へ入ろうとするリカちゃんを引き留め、小声で訊ねる。すると真顔で頷かれた。
「やめようって。トイレなんて誰も隠れないって」
「どこに隠れられていても困るんだけど」
「じゃあ余計にやめよう!さ、次に……」
次に向かおうとした足を遮るのは、リカちゃんの長い長い左足。瞬時に隣に立ったそいつは、道を塞いでしまっていた。
「慧君、これもお仕事だからね」
「……だって…………でも」
「でも?」
「だって、ここには」
学校のトイレには、絶対に何かいる。それはテレビでも噂でもよく聞く相手で、扉をノックしたら返事をするやつだ。
「いる……し」
奥の個室を指さす俺に、リカちゃんが聞き返してくる。
「いるって誰が?」
「は、花子さん?」
それが誰だって言われたら答えられないけど、でも学校のトイレには花子がいるってのは定番だと思う。きっとリカちゃんが学生の時から言われていた名前を挙げると、その黒い目が瞬いた。
「慧君……ここ、男子校なんだけど。花子さんは痴女なのか?」
「は?え?あ……そっか」
「いるとしても花男だろ。痴漢繋がりでいけば、桃が潜んでるかもな」
そう言ったリカちゃんは、俺の静止も聞かずに奥へと進む。手前から扉を開けていき、とうとう最後の1つになった。
「リカちゃん」
不安と緊張で息をのむ俺を振り返ったリカちゃんは、見惚れるほど……実際に見惚れてしまった笑顔を惜しみなく見せてくれる。
「大丈夫、花子だろうが花男だろうが、大熊桃太郎がいたとしても慧君は俺が守るから」
「リッ、リカちゃん…!!」
「それに、慧君を泣かせて良いのは俺だけだからね。そんなことしたら…………その場で潰す」
最後だけやけに本気に聞こえたのは、きっと気のせいだ。
お化け相手にも容赦のないリカちゃんを恐れたのか、花子も花男も出なかった。俺はそれを、心の底から良かったと思う。いくらお化けが相手だっとしても、リカちゃんに勝てる者はいない。
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