アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
206
-
花子さんにも花男くんに会うこともないまま、見回りは続く。時々リカちゃんが悪戯で耳に息を吹きかけてきて、俺はその度に短い悲鳴を上げた。
ここには俺とリカちゃんしかいなくて、今リカちゃんに放っていかれたら困る。その一心だけで我慢をしている俺を、リカちゃんはニヤニヤしながら横目で見た。
「なんだよ。こっち見んじゃねぇ」
「怯えてる慧君も可愛いなって」
「怖くない!俺は暗いのが苦手なだけだ!!」
「そう?それなら、ここからは二手に分かれる?慧君がこっちを確認してくれている間に、俺は隣を見てくるから」
そう言ったリカちゃんが指さすのは生物室で、俺は即座に首を振った。こんな何を置いてあるかわからない所、1人で入るなんて正気じゃない。
それなのにリカちゃんは楽しそうに微笑む。
「ほらほら、怖くないなら行ってきなよ。中で人体模型さんと骸骨の標本君が待ってるから」
本当に殴ってやりたいと思った。この手にある懐中電灯で思いっきり殴りたい。でもできなくて睨むと、さすがのリカちゃんも諦めてくれた。
1人だけ中に入り、すぐに出てくる。
「慧君、残念ながら人体模型さんも骸骨君も今日はいなかった」
「ちっとも残念じゃねぇし」
「夏休みなのかもね。2人で旅行にでも行ってるのかな」
「その行先は確実に天国か地獄だろうな。ついでにお前も連れて行ってもらえば良かったのに」
そんな言い合いをしていると、時間も仕事も早く進む。気づけば残るは1年生の教室だけで、やっと見えた終わりに胸を撫でおろした。でも、でも。
帰るまでが遠足って言うように、最後だからって油断してはいけない。
「リカちゃん、ちょっと待て……待てってば」
「また?」
「なんか、なんか変な感じがするんだよ」
異変を感じた先を恐る恐る照らす。怖いと思っているのに、どうして興味が湧くのかわからない。
怖いなら見なきゃいいのに……って、いつも心霊番組で怖がるやつを見て思うのに、今の俺は正しくそれだった。
暗闇の教室から感じる冷たい風。夏の廊下に吹き込んでくる冷風と、照らした先にある黒い影。
それがゆらりと揺れて、大きくなった。両手を広げてこちらへと向かってくる。どんどん、どんどんこちらに向かって黒い影がやってくる。
「──ひっ……っ、お、おば……おばばばっ…………!!」
お化けだと叫ぼうとした声はかき消され、甘い匂いが全身を包む。耳元に聞こえる音は、金属の鳴る甲高い音と荒い吐息で、そこに混じって低い声が俺の名前を呼んだ。
「危なかった……慧」
「おばっ、リカちゃん、おばっ」
「お化けじゃなくて鳥。窓が開いてたんだろうな」
俺の放り投げた懐中電灯を拾ったリカちゃんが、黒い影の正体を照らしてくれた。そこには大きくも何ともない鳥が1羽いて、暗闇の中、突然に照らされて迷惑そうに鳴く。
「クーラーも動いたままだし、窓も開けたまま。誰だよ、この教室を最後に使ったやつは……って、慧君?」
叫ぼうとした俺を抱きしめたリカちゃんが離れていく。それを引き留めようとしたけれど遅くて、俺はその場にずるずるとへたり込んだ。
足にも腰にも、なんなら腕にも力が入らない。
「慧君、どうした?」
首を傾げて訊ねてくるリカちゃんに、意地もプライドも捨てて泣きつく。
「こわっ……怖すぎて……腰抜かして…………動けない」
情けないことに、鳥に驚かされて腰が抜けた。そんな俺を見るリカちゃんの目は、電灯の僅かな明かりですらわかるほどに呆れていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1023 / 1234