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完全に砕け散った心と、言うことを聞かない身体。懇願の眼差しを向けると、顎に手を当てて思案していたリカちゃんが頷いた。
「仕方ない、ここで休憩しよう」
「こんな所で?もう科目室に帰ったらいいだろ?!」
「だってまだ残りがあるし。慧君抱えて全部回るのは疲れるし、かと言ってここで1人で待っていられる?」
その答えはもちろん『無理』だ。こんな暗い場所で1人でいるなんて、そんなものは元から選択肢にない。
「もういいだろ。ここまで何もなかったんだし、残りも異常なしだって」
変なところで真面目さを見せるリカちゃんを説得しようとする。すると、首を振って否定された。
「それはわからないよ。この先で花子と花男が逢瀬を交わしてるかもしれない」
「んなわけあるか。もし仮にそうだったとしても、放っておいてやれよ……」
本当に帰りたい。学校に残ると言った過去の自分を恨めしく思うぐらい、心から後悔していた。
夜の学校、バレちゃいけない状況に頼れるのはリカちゃんのみ。それなのに、肝心のリカちゃんはバカっぷりを存分に発揮しやがる。
「駄目駄目、俺は先生だからね。不純異性交遊を見過ごすわけにはいかない」
「ああ、そうかよ……なら好きにしろよ」
歩けないなら俺に決定権は初めからない。リカちゃんが俺を放って行くとは思えないし、かと言って1度決めたら遂行するまで諦めない男だ。
廊下で話していたら誰かに見つかる可能性もあるのだから、仕方なく両手を差しだす。
「慧君、なあに?」
何だと聞いてきながらも、楽しそうに笑うバカ教師を冷たい目で見返す。
「起き上がれねぇんだよ。手を貸せ」
「それが人にものを頼む態度か?教育がなってないなぁ……」
わざとらしく肩を竦めながらも、リカちゃんは両手で俺を引き起こした。そのまま支えられるように進み、1番近くにあった教室に入る。
そして、ここがどこかわかった。
壁に貼られている時間割。その上にある時計も同じ。
黒板の下には、拓海が描いた落書きがまだ残っている。
あの頃と変わらない机の配置に、あの頃とは変わった掲示物。夜の暗闇の中じゃカーテンの色はわからないけれど、窓から見える景色は変わっていないだろう。
「懐かしい?」
俺を支えるリカちゃんが訊ねてきて頷く。ここには色んな思い出があって、リカちゃんと初めて会ったのもこの教室で、高校生活最後の思い出もここだ。
「ほら、こっちおいで」
腰を抱えられたまま促され立たされたのは、教卓の前だった。そこからは教室の全てが見えて、歩が座っていた席も拓海の席も、もちろん俺の席も見える。
リカちゃんがどんな視点で俺を見ていたのかわかって、何とも言えない気持ちになった。
「ここが俺の教室。1年2組が俺の担任クラス」
「それは知ってる」
「初めて慧君と会って、慧君を好きになって。卒業式の日に呼び出して、最初で最後のプロポーズをした場所」
「それも……知ってるっての。本人なんだから当然だろ」
胸の奥が痒い。改めて言葉にすると恥ずかしくて、顔を背けた。すると、気づかないうちに背後に立ち、身を屈めていたリカちゃんの顔がアップになる。
ふっと笑って、視線を合わせて。優しく微笑まれたかと思えば、その目が細まった。悪戯を思いついた時の表情だ。
「じゃあ慧君の知らないことを教えてあげる。俺はね、ここでどうしても叶えたい夢がある」
「リカちゃんの夢?こんな場所で?」
「そう。初めて会ったこの場所で、叶えたくて叶えたくて仕方ない夢が」
リカちゃんが俺の頬を舐めた。さっきのお化け事件で汗をかいているであろう頬を美味しそうに舌先で舐めて、最後にリップ音を残して離れる。
リカちゃんの表情に仕草。妙に低く掠れさせた声に、なんだか妖しく身体を這っている手のひら。
「慧君、どんな夢だと思う?ヒントは慧君と2人じゃなきゃ叶えられない、そんな夢」
答えたくないと首を振って、聞きたくないと耳を塞ぐ。
けれど指と指の隙間から入ってくる声が、不必要な言葉を届けやがる。
「やっばぁ……そんな反応されると、なんだかイケナイ事してる気分になって」
──楽しいね、慧君。
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