アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
215
-
タオルケットをかぶったことによって、更に静かになった部屋。もうこのまま眠って逃げてやろうかと、強く目を閉じる。そうすると頭に何かが乗った。
ぽん、ぽんと頭の上にあるものが俺を呼ぶ。恐る恐る覆っていた布をずらすと、目の前にあったのは真っ白な手だ。
「慧君、元気出して。慧君は笑ってる顔と怒ってる顔と、拗ねてる顔と寝てる顔と……駄目だ、可愛い顔が多すぎて言い切れない」
俺は固まってしまった。言われた台詞にもそうだけど、その行動に。
目の前にあるのは、どう見ても白いうさぎのぬいぐるみで、こいつの名前は慧ちゃん。その慧ちゃんの手が俺の頭を撫でているんだけど、かけられた声はリカちゃんのものだ。
「リカちゃん……お前、何してんの?」
「慧君を励まそうかと思って。せっかくだし、ウサギ同士慰め合うのも良くない?」
「それにしては、お前の声だったけどな。言ってる内容も、リカちゃんそのものだったし」
「そこが問題なんだよ。例えぬいぐるみが相手だったとしても、他の誰かが慧君を慰めるのは面白くないし……だって、それは俺の役目だろ?」
こてん、と首を傾げたリカちゃんが笑う。その仕草が、本当に励まそうとしてくれたんだと伝えてくれる。
冗談交じりに、けどリカちゃんは俺を励まそうとしてくれていた。
「大丈夫、慧が思ってる以上に歩はお前のことが大好きだから」
そう言ったリカちゃんは、うさぎのぬいぐるみを俺に押しつけ、俺の頭の横にしゃがみ込んだ。
「多分、歩の方が仲直りしたいって思ってる。だから慧君は余計な心配しなくていい」
「そんなことあるわけない。歩はいつだって俺に冷たくて、言葉もきつくて、バカにしてばっかりだ」
ムッと寄った眉。皺の刻まれた眉間を、リカちゃんの長い指が解そうとする。
「俺が悪い、俺が悪いって。歩はそればっかり言う」
優しくされると出るのは、歩を責める愚痴の数々で。
「うん、それで?」
嫌な顔せず弟の愚痴を聞くリカちゃんが微笑む。その指はまだ眉間の皺と戦っていた。
「俺だって考えてるのに、何も考えてないって決めつける。歩はブラコンだから俺が気に入らないんだろ」
「それから?」
タイミング良く相槌を返してくれるから、どんどん歩への不満が出た。眠たかったはずなのに、それすら忘れて吐き続ける。
あの俺様な態度が気に入らないとか、鼻で笑うところが性格悪いとか、ちょっと頭が良いからって偉そうにするなとか。止まらなくて、止める気もなくて言い続けた。
一通り言い続けて、口を閉じるとリカちゃんが俺の頬を指先で突く。
「偉そうで冷たくて、口が悪くて性格も悪い。だから慧君は歩が嫌い?」
「嫌い……とまでは言ってないけど」
「そんなに嫌なところばっかりあって、歩に良いところは1つもない?」
そんなことはない。嫌なところもあるけど、良いところだってあるのを知っている。それが何かと言われたらすぐには出ないけど、1つぐらいはある。
「ごめん、意地悪な聞き方した」
頬を突いていたリカちゃんが、今度は指の背で撫でる。すりすりと動かされて、その気持ち良さに力が抜けた。それと同時に、歩への苛々も収まった気がする。
「俺が歩に言ってやることもできるけど、どうする?」
リカちゃんの問いかけは、甘い誘惑みたいだ。どうするって聞きながらも、俺が出す答えをもう知ってる顔をしていた。
「いい。俺が自分で言う。思いっきり文句言って、喧嘩する」
「なんで喧嘩する予定なんだよ。仲直りするんじゃないのか?」
「仲直りはその後だ。やられっぱなしは、絶対にやだ」
寝転んでいる俺と、その傍に屈むリカちゃん。自然と上目遣いになってしまい、ねだるような自分が情けない。
「俺が寝るまで仕事は休憩しろよ」
苦し紛れの命令にリカちゃんは苦笑し、仕方ないなと腰を下ろした。俺がソファを占領しているから、床にそのまま。
床に座ることも、シャワーを浴びたのに同じスーツを着ることも。絶対にリカちゃんは嫌なはずだ。俺がいなきゃしなくて済んだことで、俺がいるからしたことで、俺の為に我慢していること。
そう思うと、心がぽかぽかしてまた眠たくなってきた。
今度こそ本当に眠れそう。きっとリカちゃんが朝起こしてくれて、朝飯も用意してあって、そして真っ先におはようと言ってくれる。寝起きで機嫌が悪い俺の一言にも嫌な顔せず「おはよう慧君」と笑ってくれる。
だから安心して眠ることができた。起きたらやっぱり想像通りで、さりげなく置かれたサラダにため息が出たけれど、口直しに出されたチョコレートで許してやることにした。
今まで言えなかった「ごめん」と「ありがとう」の代わりに、俺が夕飯を作ろうとしたら全力で断られたけど。予定より1時間も早く帰って来たリカちゃんは珍しく汗だくで、そんなに俺に会いたかったのかと思うと嬉しくなった。
やっぱりリカちゃんは変わらない。みんなに優しくて、でも自分には厳しくて、そして俺には特別甘い。肝心なことを言わないのは俺の為、肝心なことを言うのも俺の為。
多分そのことを俺はまた忘れてリカちゃんを傷つける。けれど、リカちゃんは許してくれる。
それがリカちゃんの常識で、そんなリカちゃんが俺の絶対。
誰に理解されなくてもそれでいい。2人が納得するならそれでいい。
──リカちゃんが隣にいてくれるなら、それがいい。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1032 / 1234