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「スペシャル定食ごはん大盛りと、あと食後のコーヒーにデザートでプリンつけてな!それから……」
「おいバカ幸。お前いい加減にしろよ!」
週が明けた月曜日。今週が終われば遅めの夏休みがやってくる、そんな月曜日。食堂で1番高いスペシャル定食に、普段は飲まないコーヒーと今まで1度も食べているところを見たことないプリンを注文するのは、バカ幸こと蜂屋幸だ。
「いくら俺の奢りだからって、お前に遠慮って言葉ははないのか?!」
「愛しのリカちゃんと仲直りさせたってんから、これぐらい奢ってもらわな割に合わんて」
「これぐらい?!」
咎める俺の声を聞かず、券売機の前から動こうとしない幸。あきらめてお金を投入すると、やっぱり宣言通りの食券を買いやがった。
幸の前には『スペシャル』の名が相応しい豪華な定食が置かれ、俺の前には普通の唐揚げ定食が置いてある。それを見て出るのはため息だ。
渋る俺を、強引にリカちゃんの元へ連れて行ってくれたことには感謝している。ああでもされなきゃ、俺はきっとリカちゃんから動くのを待っていただろう。
だからと言って、この出費は痛い。別にお金に困ってはいないけれど、なんだか不満だ。
「ほらほらウサマル君、そんな顔してると鳥さんが泣くで。もっと美味しそうに食べてよー、嬉しそうに食べてよー、ピヨピヨって」
「それヒヨコじゃねぇかよ」
「その鶏さんの子供や。親を奪われたヒヨコの悲しみを感じつつ、ありがたく戴くことやな」
余計に食べる気のしなくなった昼食。手前にある大きめの唐揚げは父親なのか母親なのか、どっちだろうか。って、そんなことは本当にどうでもいい。
「うんま!!誰かさんが作ったお好み焼きとは大違いや。ウサマルは知らんと思うけど、俺あの日の夜中に腹壊したからな」
「俺のせいにすんじゃねぇ」
「俺が焼くって言って聞かんかったんは、どこのウサギさんやろなぁ?」
ニヤリと笑った幸が、俺の皿から唐揚げを奪う。父親か母親かわからない唐揚げを。
それを一気に口に放り込み「うまピヨ」と頬を緩ませた。
「ほれより……待って、飲み込まれへ……んっ、良し。それより、仲直りしたのにまた憂鬱そうな顔してどないしたん?」
口の中のものを水で流し込み、幸が訊ねてくる。
「別に。月曜日だからだろ」
1番小さな唐揚げをつまみ上げて俺は答えた。
「うーちゃんの嘘つき。ほら、言ってみって」
過去の話を聞いた後も、幸の態度は変わらない。俺のことを利用しているような言い方をしたくせに、こうして話を聞いてくれる。本当に利用しているだけなら無視すればいいものを、言いやすい雰囲気を作ってくれる。
「絶対に笑うからやだ」
「そんなん聞いてみなわからん」
「聞いたら笑うから、やっぱりやだ」
「だから聞いてみなわからんやん」
絶対に言いたくない理由。憂鬱な気分の原因も、不貞腐れている理由も絶対に言いたくない。それなのに聞き出そうとする幸が微笑む。
「別に無理に言えとは言わんけど……でも寂しいな」
切なげに瞳を揺らした幸が、水滴のついたコップの縁をなぞった。ゆっくりなぞって、チラリと俺を見る。
「嬉しいことは1人占めしてええけど、悲しいことは俺にも分けてほしい。ウサマルの悲しみを俺も知りたい」
「幸……」
「だから教えて、な?」
コップに触れていた指で俺の手の甲をなぞる。「な?」のタイミングで首を傾げ、俺だけを見つめる幸。
そんな幸に思うことは。
「てめぇ、それホストの時に使う技だろ?」
「あ、バレた?これ結構効果あるはずなんやけど」
「俺と客の女を一緒にすんじゃねぇよ!」
「うっわ、それと似たようなこと先週言われた!あたしと他の客の子を一緒にしないでって。いやいや、お前も客やしって思ったもん」
幸はこんなキャラだっただろうか。先週までの幸は、こんなに笑顔で毒を吐き、笑顔で冷たいことを言うやつじゃなかった。
「あ、もちろんウサマルは客と思ってへんで。俺の本命はうーちゃんだけやで!!」
どうでもいいことを宣言した幸に、力が抜ける。こいつに笑われるかもって心配した自分がバカみたいで、本当に笑われるべきは幸だ。
幸に比べたら、俺は全然『普通』だと思う。
「リカちゃんが……」
名前を口にして頭に浮かぶのは、仕事をしている横顔と俺が眠るまで握ってくれていた手の温もり。
「リカちゃんが……リカちゃんが」
おはよう慧君って言ってくれた声の甘さに、真っ黒な蕩けた瞳に、近づいてくる形の良い唇。
「リカちゃんが今日……」
そして今朝、大学の近くまで送ってくれた時に感じた愛用の香水の香り。
その全てが蘇ってきて、一気に爆発する。
「リカちゃんが今日から3連休なのに俺は大学ってどういうこと?!ありえねぇ!!!!」
土日に特別講習をしたリカちゃんは、今日から3連休。片や俺は今日から1週間みっちり大学で、提出しなきゃ駄目なものが多すぎて、最近休みがちだったから1コマすら休めない。
せっかく仲直りして鹿賀も出て行き、2人きりで過ごせたはずの3日間。リカちゃんの仕事がなくて、俺につきっきりになれたはずの3日間。
そう思うと悲しくて悔しくて、テーブルに突っ伏した。
「…………しょうもな。あかん、冷めてまうから早よ食べよ」
けれど、優しい蜂屋幸は降臨しなかった。
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