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「幸のバカ」
嘆く俺を放置し、しっかりと完食しやがった赤髪を睨む。すると、軽くため息をついた幸がくれたのは、食後のデザートにと買わされたプリンだ。
「はい、あげる」
「あ、ありがと……って食わないなら買うなよ!」
抗議も軽く流され、優雅にコーヒーを啜る赤髪。毛玉状態じゃないから視線を集め、それに気づいた幸が笑顔で手を振った。
「幸さぁ、そういうのいつまで続けんの?」
「そういうの?」
「その、誰にでも優しいキャラ」
それが作られたものだと知っている俺は、今すぐにやめればいいのにと思った。別にみんなに優しくしなくても、自分の好きなやつとだけ話せばいいのにと思う。
それなのに幸は「やめる気はない」と答えた。
「いきなり変えるんも変な話やし、これはこれで気に入ってるから。それに3人とも不愛想って問題あるやん?」
「3人?」
「俺とウサマルと歩。2人がツンツンしてる分、俺で補わなあかんし」
別に気にしなくていいのにと言いかけて、でもやめた。多分、幸が言っていることは高校の時に拓海が思っていたことだから。拓海がいなきゃ俺と歩はここまで続いていない。
それと同じように、幸がいなきゃもっと喧嘩していたと思う。
だからそれが幸なりの優しさで、でもそれを言っても「自分の為だ」って返されるだろうから言わない。
「俺も幸みたいに口が上手くなりたい……」
「ん?それなら夏休みにうちの地元来る?関西のおばちゃんはよく喋るから、嫌でも鍛えられるで」
その誘いは即座に断り、やっぱりテーブルに塞ぎ込む。地を這うような低い声で唸れば、目の前でコップをテーブルに置く音がした。
次いで何かを漁る音と「もしもし」という声。
──もしもし?
「あ、どうも。おたくのウサギちゃんが超絶やさぐれてるんで、最愛の恋人さんからフォローお願いしまーす」
顔を上げると目の前に幸のスマホがあって、真っ赤なカバーが目に痛い。リカちゃんが黒を好むように、幸も赤が好きなんだろうか。
液晶に映る『通話中』の文字と『獅子原理佳』の名前。一体いつの間に連絡先を交換したのか、そう言えば俺を連れ出した時も連絡をとっていたみたいだし、歩経由なのかもしれない。そうに違いない。
何も言わない幸と、通話中のスマホ。同姓同名の別人かと思ったけれど、そんなことはなく。
『慧君、何か悲しいことあった?』
電話の向こうから聞こえてくる声はリカちゃんのもので、紛れて微かにテレビの音が聞こえる。
「リカちゃん」
『ん?』
返事をしてくれるということは確かに繋がっていて、この先にはリカちゃんがいるわけで。
「リカちゃん……………会いたい」
きっとおそらく、今まで生きてきて1番素直に言えたと思う。気づかずに出てきた言葉が、スマホを通じてリカちゃんに届いたんだろう。
切れた電話が液晶を黒に変え、何の音もしなくなったそれを幸に返した。ニヤニヤしている顔を睨むだけで文句を言わないのは、リカちゃんの一言がまだ耳に残っているから。
『迎えに行く』
あと2つ講義が終わればリカちゃんが来てくれる。俺を迎えに来てくれる。
だから頑張る。あと3時間ぐらい頑張れる。
そう思っていたけど、神様はいつも俺を裏切りやがることを忘れてはいけない。
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